旦那さまは魔王?
りたーんズ

(1)来た!





 それは、とあるうららかな日の夕暮れ。
 その日の部活も終了し、途中まで一緒だったメンバーたちとも途中途中で別れての帰り道。 とっぷりと陽も落ち、それなのに辺りは少し湿気の篭った空気に包まれていた。
 この調子ならあしたは雨かも知れない。室内コートを持たないウチは辛いなと思いながら手塚が歩を進めて いると、何やら瘴気が混じったような突風が吹きぬけていった。
 ザワっと足元に怖気が走る。
 何だろうと振り返る。よく分からないがこんな落ち着きのない感覚に、妙に馴染みがある。 反応してしまう自分がいた。
 前にも一度と思い出して、彼は立ち止まった。
 前とはいつのことだろうと周到にも辺りを見回すが変化はない。人っ子ひとり、猫の仔一匹いやしない。
 けれども――
 近頃、被害妄想の気でもでてきたのか、矢鱈と視線を感じるのはどういう訳だろう。気のせいだと思いたいが、 こんなこと、彼が属する部の誰かに相談した日には、また警戒網が厳しくなるに決まっているから 一度も口にしていない。
 常々、不二などはもう少し気を配りなよと口を尖らせていたから、そら見たことかと一気に部外者への デフコンレベルを上げてくるのは目に見えていた。そして、普段はタッグなど組まない乾を参謀として 招聘する。
 そうなると青学テニス部は恐ろしいくらいのチームプレイを発揮する。
 部長の手塚としては嬉しい限りなのだろうが、酷く設定が限定されているのが難と言えば難だ。
 手塚警戒網、レベルレッドの発動だ。
 頭の痛いことに、それは何度か経験済みだった。
 以前、彼に惚れた他校生がストーカー紛いのしつこさで迫ってきたときは、徹底したメンバーの連携 プレイで事なきを得た身としては、あまり強くは言えないし、心底感謝もしている。
 まず、河村や桃城といったパワーヒッターを前面に押し立て護衛として配置させ、登下校も 見張りつきだった。一時期、携帯も取り上げられて他校の友人とも連絡不通。オフに出歩くなどもっての他。 近所へのお使いも固く禁じられた。
 ロードワークには海堂がぴったりと寄り添うように伴走し、図書館へは不二が同伴になる。 買い物は菊丸が変わりに果たし、一番厄介な交流試合などは、乾が顧問である竜崎を言いくるめて極端に 減らしにかかるという徹底ぶりだった。
 いいのか? そこまでしてと何度思ったかしれやしないが、うら若き女性ならともかく、男子中学生 が男に追いかけられて迷惑しているからと言って、警察は動いてくれないし、またアテにもならないと 強い調子で押しまくられた。
「何かあってからじゃ遅いんだよ!」
 手塚が少し不服そうな顔をしただけで、激しい調子で不二は詰ってきた。そのあと、
「怪我でもして、全国制覇への夢を断念してもいいと君が思っているんならいいけどね!」
「そんな大層なことにはならないと思うが」
 と、反論しただけで、部室の机にドンと両手をついて、不二は開眼して囁いた。
「人の情念の深さを君は理解していない」
 そう言われると二の句が告げなかった。
 確かに事実だし、全国制覇という伝家の宝刀を抜かれると身動きできない。そのあたり不二の方が 一枚上だった。
 思い返しても、彼の拙い交友関係はさらに狭まり、哀しいくらいにテニス一色の生活だったのだ。
 だからあまりいらぬ心配はかけたくないというのが本音だった。
 あれは確かに非常事態だったから。
 あれは特別だったからと彼は歩き出した。



 だから気づかなかったという訳ではない。カンと研ぎ澄まされた皮膚感覚は第一線に身を置く者としては 必要不可欠。ただ、余りにも漠然とし過ぎていたのだ。
 そう思いなおして家路につく彼の背をじっと見つめる瞳があった。
 彼等からは、手塚が危機感を呼び覚ます程の思念は発せられていない。だから無理もないとも言える。
 住宅街にぽつりと存在し高くそびえる鎮守の霊樹。その枝がユラリと揺らいで葉を落とす。幹を対照に左右に 張り出し、少し位置が上下する二本の枝に二人の少年が腰掛けていた。
 どちらも線が細く小柄に見えるが、木の幹に片手をかけて足を投げだしている癖毛の少年が、上の枝の 袂に小さくしゃがみ込んでいる赤毛の少年に声をかけた。
「どうやら彼で間違いないようだね」
「ふーん。俺にはよく分かんねえけど」
「確かに、綺麗な子だね」
「お前の方がよっぽど美人さんだと俺は思うけどね?」
「清冽な魂がね、酷く食欲をそそる。あれでよく魔族たちが放っておいたものだ」
「お前、人間食う性癖あったっけか?」
「僕はそれほど悪食ではないよ。けれど汚濁に塗れた天界に身を置いていると、眩しくなるような清らか さじゃないか」
「お前が言うな」
 彼は優雅にフフと笑った。
 彼等の視線の先、家路を急ぐ手塚の背は余りにも無防備だ。なんの力もないただの人間。だが、只者 でもない稀有な何かを宿している。二人には推し量れない何かを。
 赤毛の少年はプクリとフーセンガムを膨らませる。グリーンアップルの香りがあたりに漂ったが、 彼はあまり気が入らないといった感じだ。
「創世神に対する恨みを永きに渡って抱えてきた彼女が、彼に辿りついていつの間にか浄化されていた。 彼女をサーチしていた僕たちからすれば考えられないことなんだ」
「それってそんなにスゴイことなん?」
「セカンドインパクトだろうね」
「相変わらずまったりした表現するな、お前って。そうと決まったんならさっさと抹消しちゃえば?」
 相方の剣呑な物言いに少年はふわりとやわらかく微笑んだ。
「それが目的ではないと言った筈だよ。彼には他に利用価値があるのだから」
「他に? なんの? 俺たちの使命は至ってシンプル。変な色気を出すなよな」
「そうだね。けれど彼はあの男に繋がっている」
 お前、と呟いてから赤毛の少年はパチンとガムを弾けさせた。
「まだ諦めてないのか?」
 彼はしゃがみ込んだ状態で斜め下方の相方に問いかける。彼の位置からは少年の表情は窺い知れない。 少し紫がかった柔らかな髪が、ただ風に揺られていた。
「ユキムラ!」
 そんなこと、と囁く声は葉ずれの音にかき消えた。気の遠くなるような長いときの流れの中で、 常に封じ込めてきた想いを、いまさら声に出して言葉になんかできやしない。
「無理だと分かっているよ」
 彼が戻ってくるなんて――
 そう、告げるしかなかった。
 ユキムラと呼ばれた少年の背中にあった羽根がバサリと空を捉え、小さく飛翔した。長い前髪で彼が 笑ったのか哀しんだのか分からなかった。
「My Lord。彼を取り戻すなんて」



 だが、そんな手塚の背を見守っているのは彼らだけではなかった。白い有翼人種たちよりも更に高み、 気配を消して覗き見といった感の黒い翼を持つ者。癖の強い黒髪は一度目にすると忘れない印象を与えるが、 更に苛烈なのはその炯々とした瞳だった。
 ゾクリとするほどの顕わな好奇心で溢れている。好むと好まざるに拘らず、手塚はある種の危険を呼び寄せる 性質を持っているようだ。その部分に吸い寄せられていま、彼はここにいる。
「へえ、やっぱただですまないな、あの人」
 ポツリと呟き、満足したのか彼は、白い二人が消えるより先に姿を消していた。



「ヤナギさん、ちょっと」
 地獄の最下層、魔王が在する万魔殿はきょうもあちらこちらに不穏な空気が渦巻いている。
 一時期、一触即発状態だったアトベ軍との軋轢もいまはなりをひそめ、そうなると己の欲望に正直な 魔族たちのこと。今度は仲間同士での、血で血を洗う狂想曲に興じていた。
 仲間意識などあってないようなもの。魔族の魔族たる所以だ。
 そんな中、魔王の片腕であり万魔殿の実務を取り仕切るヤナギの元へ、実働部隊のトップであるアカヤが 姿を現した。
 ヤナギを認めてヘラリと哂い、実に嬉しそうに近づいてくる。ヤナギはクンと鼻を鳴らし、彼を一瞥した。
「お前、また地上へ出向いていたな」
「へへ。何もかもお見通しかぁ」
「人間界の匂いをプンプンさせていれば厭でも分かる。不用意にもノコノコと遠足気分で姿を現すんじゃないと、 何度言えば分かるんだ」
「固いこと言いっこナシですよ。リリス――ああテヅカさんだっけか、あの人も気になるし、色々と 社会勉強がね、出来るんですよ。その代わりに面白いもんを見つけちゃいました」
「面白いもの?」
「天界のヤツらがテヅカさんを見張ってた。何かことを起こそうとしてんじゃないですかね」
「天界? なぜ今頃……。それに王が仰るには、リリスは既に消滅してしまっているそうではないか?  何の意図があって」
「ね、不穏でしょ?」
「知っている者か?」
「ユキムラさんとブン太さん。お久し振りってとこですね。挨拶しちゃいそうになりましたよ」
「ユキムラはあれ以来、熾天使(セラフィム)の地位にあった筈だな。そのような大物がなぜ?」
「ね、ね。楽しそうでしょ?」
「何が楽しいものか。たるんどるぞ、お前たち!」
 開け放たれたヤナギの私室の扉から、そう言いながら入ってきたのは、暗黒の世界を統べる魔王の 冠を頂く者。眉間に寄せられた皺は、本日の胸中を表してはいるが、それがどの辺りを指しての 不機嫌なのかは誰にも分からない。
「いい加減にしろ。天界が何を画策しようとも我々には何の関係もないだろう!」
「あらら。地獄にあっての地獄耳とはこのことッスね」
「アカヤ! お前の手下たちが騒ぎを起こしている。遊んでいる暇があるなら、さっさと収束させんか。 煩くてかなわん。ヤナギ。アカヤに付き合っている暇はない筈だ。お前がアカヤを抑えんでどうする」
「ヤツ当たりは止めてもらえませんかね?」
「なんだと?」
 一気にまくし立てたサナダにアカヤは更に火に油を注ぐ。アカヤ――とヤナギは顔をしかめてたしなめるが、 そんなものは何の効果もなかった。
 我が王よ――とアカヤは魔王の前に跪いた。
「下級魔族たちのいがみ合いなど今更でしょう? ヤツらはいつだって誰にだって好戦的だ。 いつの間にか数を減らして、いつの間にかまた増えている。魔界に落ちてくる天使どもは後を絶たないんだ から、適当に淘汰してもらわなきゃ、人口増えちゃって収拾つかなくなるのはご存知でしょう。 あれはヤツらの性だ。いままで一度だって些細な抗争を気にも留めたことなかった癖に、 なに不機嫌丸出しで絡んでるんスか?」
「絡んでいるだと?」
「あの人がいなくなってからほんとに可笑しいよ、気づかないんですか?」
「アカヤ、いい加減にしないか!」
 サナダはヤナギを制し同じようにしゃがみ込むと、不気味な程静かにアカヤの襟首をねじり上げた。 アカヤの言い草に激している訳ではない。血の気は多いが頭に昇りやすいタイプでもなかった。
 それでもアカヤは止まらない。
「俺たちは、別にあんたの人となりに心服して付き従っている訳じゃないんスよ。何事に置いても微動だに しない強さと、膨大な魔力の前に屈しているだけだ。ちょっとでも不安定なところを見せたら、一番近くに いる俺かヤナギさんがたちまち牙を剥く。賭けてもいいけど、俺よりもヤナギさんの方が狡猾で辛らつ だと思いますよ」
 ニコリと微笑み、言葉とは裏腹に、アカヤはサナダの裳裾を両手ですくって接吻した。一応の服従の印 なのだろう。それを認めたサナダの瞳に怒りの炎が見て取れた。
「テヅカさんのこともね、気になるからさ。俺は俺で好きなように動かせてもらいますよ」
 サナダの眉根が僅かばかりに寄る。間近にいないと分からないような動きだった。
「俺は欲望に忠実ですからね」
 そう言い残してアカヤは退出して行った。






continue








帰って来ちゃいました!(←早すぎ)
アニプリでの結果を見て やさぐれた反動です! なんでもやってやる!
ありえへん! ありえへん! でも、ウチの 真田は魔王じゃ。最強やで! 恥かしくって顔も上げられへんくらいのエロいの書いてやる(←虚栄) 、と弾けさせて頂きます!!!