「色」 |
「この世に確実に存在する物」と似たような話。
「この色は?」 人は答える 「青」 本当に青なのだろうか。 言い方を変えてみれば、貴方の見ている「青」と 私が見ている「青」は同じなのだろうか。
そもそも色というのは、小さい頃に 「雲」の色は「白」とか 「血」の色は「赤」とか そう言う風に教えられてきたからであって、 私が見る「赤」と貴方の見る「赤」が同じだとは だれにもわからない。 だから私の精神が、貴方に乗り移ったとして「血」を見たら 私の感覚で言う「青」なのかもしれない(いやだな、おい)
たとえ話を一つ
小さな子供がいたとする。 その子は生まれつき、「青」と「赤」が逆転していた。 つまり、「青」と「赤」だ。 「トマト」であり、「青空」だ。 親はこう教える。「トマトやポストの色は赤って言うんだよ」 その子にとってはこの色で興奮したりこの色で落ち着くのだ そして、その子と違う子に質問する。 「この色は?」 両者とも「赤」と答える。 違う子はそのまま赤と答えるし、 その子は逆転しているのだからこの色に見えているはず。 けれどもトマトの色だからこう答える「赤」と。 お互い違うように見えているのに
違う質問。「好きな色は?」 その子は「赤」違う子は「青」 言っている事は違うけれど、実際好きな色は同じなのである。
もしかしたら実は、みんな同じ色が好きだったりね。 みんな見え方が違うし それが、それぞれ違う「言葉」になっているから 赤だとか黄色だとか白だとかに。 好みのタイプとか好きな味とかはこれで説明しやすい。 一人一人好みが違うから。 それは好みが違うんではなくて 好みは全く一緒だけど感じ方が違うだけなのだろう 相対的にしか物は見れないし
と言うことは
もしかしたら、すべての人が 同じ「顔」を愛し、 同じ「色」を愛し、 同じ「味」を愛して いるのかも知れない。
そんな世界、嫌だ。 味気なさすぎる
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