[ 
プロローグ ]






休日の街中というのは、無駄に人が多いと思う。

そんな場所に好き好んで行く奴の気が知れないといいながらも、
今自分がいる場所は、紛れも無い街中の人ごみの中だと思うと、そうも言ってられないけれど。


人の波に流されて、時に逆らって。
人一人に十分な空間が取れない為に、肩をぶつけることも少なくなくて。
足元など見ている余裕は、そのうちになくなってしまう。

だからこそ、つま先に当たったそれが一体何なのか。
初めは、見当もつかなかった。








つま先に何かが当たったような衝撃を覚えて、反射的に立ち止まる。
それは流れに逆らうに足る行動だったようで、すぐ後ろを歩いていた他人が、
少し迷惑そうに彼をよけて、彼のその行動をいかぶしげな表情で見ながら、横をすり抜けていった。

立ち止まった当人である彼はというと、
そんな他人の行動は気にしないという風に、つま先に当たったであろう何かを探すべく。
そのままその場所に立ち尽くして、目線だけ地に落として、そして探した。

彼がその場に立ち尽くすこと数秒。
周りの人間が自分をよけて通ること数秒。
人の足が邪魔で探すのが困難だったそれの姿をやっと確認して、彼が、軽く腰を曲げた。
そして、すぐ足元にあるそれに向かって手を伸ばし。掴む。



長い間地に晒されていたのであろうそれについた土を払って、それの確認をする。
手のひらサイズで、小さな手帳のようなもので、チャチなカバーのついた、それ。
それは、どこがの学校の、生徒手帳のようだった。







「何やってんだよ英士!」



それの正体の解明を終えた矢先、前方から、自分を呼ぶ声がした。
その声に、下げていた顔を上げて相手を確認する。
紛う事無き、自分の連れ。
恐らく、この人ごみではぐれたと思って、慌てて探しに来たのだろう。

別にはぐれても、目的地は知ってるんだから問題ないのに。
そう思ったことは、怒りを買いそうだったので口にするのは止めて、
流れる人波に合わせて、前方に見える2つの頭に向かって今一度歩き出す。



「いきなりいなくなるから、びっくりしただろ」

「ごめん」

「英士、手に持ってんの何?」



あくまで歩みは止めずに、ふと、一馬が彼の手にしているものを見て、尋ねる。
ああ、と一言だけ呟いて、彼が、それを一馬に手渡した。



「拾ったんだよ。生徒手帳みたい」

「桜上水・・・・・?」

「知ってるか、英士?」

「さあ、知らないね」

「映画かなんか見に来た奴が落としたのかもな」

「多分ね」



そっけなく彼がそう返したのを、さほど興味なさげに2人も相槌を打って。
そして会話は、別の話題へと移っていった。





また、人ごみに押されて、
一馬と結人を前方に、彼が後を追う形をなった。
この人ごみの中で3人並んで歩く事は、もはや諦めを持っているのか、
時折振りかえって彼に相槌を求める以外、彼らは2人で何かについて熱心に話し込んでいた。
別に今でなくとも話す時間はあるのだから、と。彼もそんなことは気にしない。
ただ、なんとなく手持ち無沙汰に感じる気がしたので。
先程拾ったものを、もう1度手にして、そして、呟いた。









「小島有希・・・・・・・か」







誰かも知らない、声も聞いた事のないこの持ち主が、写真の中で笑っていた。