[ 最初の一歩 ]
たかが拾い物。
しかもあんな人ごみの中、名も知らない学校の生徒手帳など。
もちろん生徒手帳だから、その持ち主の生徒の名も、ご丁寧に住所も、しっかりと記してある。
だからと言って、それをわざわざ届けてやるいわれなど、彼にはどこにもなくて。
だからこそ、捨てるなり置き去るなり。忘れるなり、してもいいはずなのに。
何故かあのときのあれは、きっちりと彼の部屋の机上に鎮座されていた。
拾ったあの日から、いつのまにか1週間。
またやって来た、日曜日。
・
やはり、休日の街中に、人は多すぎると思った。
やっとの思いで人の波を乗り越えて、目的地である本屋の扉をくぐって、
先程までの息苦しさを振り払うように、はあ、と大きく息をつく。
もちろんこの店の中にも人はいるけれど、表の道よりは大分マシ。
そして、表よりもずっと静かだった。
騒音は耳障り。人ごみは息が詰まる。
そんな苦が増える休日の街は、やはり人が多すぎると思った。
その不特定多数の中に、自分が入っているのは、この際無視。
特にこの場所に用事があったわけではなかった。
ただなんとなく、家にいるよりはいいかと思って外へ出た。
だから、入ったところが本屋だったとしても、財布の1つも持っていない。
持っているのは、ただ1つ。先日の、拾い物。
これを拾ったのは、この近所。
だとしたら、偶然にこの持ち主を見かける事があるかもしれない。
望みの薄い偶然であることは百も承知していたけれど、
このまま所持している事も、もしくは捨ててしまう事も。
どちらも最良の手段とは思えなかったのだ。
そんなことはさておき。
とりあえず入り口で立ち尽くしていた郭の行動に、店員が不信な目を向けていたことに気づいて、
彼はとりあえず、何か手ごろなものはないかと、自分のよく読むジャンルの棚へと歩みを進めた。
漫画に興味はあまりない。文庫も、めぼしいものは何もない。
来ただけ無駄だったかと、一瞬思う。
どうせ暇つぶしのつもりだったのだから、何を求めてきたわけでもないので
それも当然の結果かと、また思う。
それでも、来てすぐに店を出ることも、あの道に戻ることも、どちらもあまりしたくはなくて。
暇つぶしの、さらに暇を潰すように、彼はついと、店内を巡り始めた。
さっきも通った、漫画の棚。そして文庫。
週刊や月刊の雑誌が置いてある棚を過ぎると、次にあるのは車や音楽と言った趣味の類の雑誌類。
そしてさらに奥へ行くと見えてくる、スポーツ関連の雑誌を置いた、棚。
最終辿り着くのはやはりここなのだから、自分もかなりのサッカー馬鹿だ、と、軽く笑う。
いつもなら、店内の客はここより手前にある漫画等の棚に固まっていて、この近辺に人はいない。
いつもなら、いない、のに。
それなのに、今日はめずらしく。先客がいた。
しかもさらに珍しい事に、滅多にここを訪れる事のない、女の子が。
珍しい。
率直に正直にそう思って、そして次の瞬間気になって。
不自然にならないように、彼女の近く、隣まで歩みよって、そっと盗み見た。
彼女が真剣に見入っている、その雑誌を。
「へぇ・・・・・・」
思わず声を漏らしてしまった事を、後から後悔して、思わず口を手で塞ぐ。
しかし彼女は予想以上に没頭しているようで、彼のそんな言葉が耳に入らなかったらしく、
雑誌に落とした視線を、上げることすらしなかった。
そして、その雑誌の内容は。サッカー。
彼も愛読している、サッカー専門の情報誌だった。
内容は、国内国外の選手の紹介から、ボールテクのいろはその他。
決して、ミーハーな見方をして面白いものではない。
ということは、必然的に彼女はサッカーに興味以上のものを抱いていると言う事になって。
正直、女だてらにサッカーをするという彼女が、すこし気になった。
今までこの場所で会ったことがないと言う事は、この近所ではないのだろうか。
この場所で会うのが初めてだというだけで、この近所の人間なのだろうか。
どちらにしても、会う事が初めてなのは、確か。
それなのに、そうだというのに、どうしても、そんな気がしなくて。
どうしても、どこかで会ったような気がして。
ここ数日の記憶を懸命に辿って、そして見つけた。答え。
俺は彼女を知っている。でも、会った事はない。
それはつまり。
会った。ではなくて、見た。ということ。
そう、写真で。
「・・・・・小島、有希」
聞こえるように、わざと。それでも、独り言のように、ぽつりと。
彼が、呟く。
これで反応を示さなければ人違い。でも、示せば・・・・・。
じっと、視線を彼女に向けたまま、そう呟いた彼の言葉に、
ずっと下を向いて、落としていた彼女の視線が、彼と、合った。
ああ、やっぱりそうだ。
今までちゃんとした確認を出来なかった彼女の顔を正面から見て、
そして確信した。この生徒手帳は、彼女のものだと。
「小島有希サン?」
「そう・・・・・だけど」
「別に警戒することないよ。落し物預かってるだけだから」
「落し物?」
「これ、見覚えない?」
そう言って郭が、彼女の目の前に先日の拾い物、生徒手帳を取り出した。
彼女の表情が、一瞬、あ。という形に留まって。
そして、手を伸ばしてそれを受けとって、パラパラとページをめくって、
最後まで中身を確認したのち、ふうと息をついて、彼に笑顔を向けた。
「私のだわ、これ。先週なくしたんだけど、拾っててくれたのね。
ありがとう」
「どういたしまして」
「とっくに捨てられてると思ってたわ。
誰のかもわからないようなものなんて」
「誰のかはわかってたけどね。名前は書いてあったから」
「揚げ足取りまでわざわざありがとう」
あはは、と笑いながらそう言って、彼女が笑顔を浮かべた。
そして、いそいそと肩にかけていたバッグにそれをしまって、手にしていた雑誌も、もとにもどす。
この行動の意味するところ。
それは、彼女が帰ろうとしているということ。
別にそれは彼女の自由で。
用事が済んだのなら帰るのは当たり前で。
しかもいきなり現れた人間と会話を交わして、しかもそれも途切れて。
そんな状況下で長居など、そうそう出来るものでもないだろう。
だから、彼女がここを出ようとしていることも、仕方のない事なのかもしれない。
けれども。
何故かそれが、ひどく名残惜しいような気がして。
「生徒手帳、本当にありがとう。
え・・・っと。それじゃ・・・・・」
「・・・・サッカー」
逃げるように、その場を離れんとまた笑顔を浮かべた彼女に、
ぽつり、郭が呟く。
案の定、その歯切れの悪い言葉に、彼女は歩みを止めて。
そしてその単語に、嫌に引き付けられるように、彼に視線を向けた。
予想通り。
きっと彼女は、この言葉から逃げられないと思っていた。
自分のように。自分と、同じように。
だから。
「サッカー・・・・・・やるんだよね。この雑誌を読むってことは」
この言葉に、反応しないはずが、無い。そう、思った。
確信に似たその考えは、見事に的を射て。
先程までの他人行儀などどこへやら。
弾む会話は、いつまでも途絶える事がなかったとか。
始まりは偶然。
その次も偶然。
最後は、何気ない一言。
でも、用意された一言。
最初の一歩は、こうして踏み出された。
FIN.
腹きりの用意は万全です(おい)
完成させてしまいました。彼女との春の交換モノ。郭有希。
郭がニセモノです。描写もニセモノです(謎)
とりあえずね、ssで連載していた郭有希?の始まり・・のつもりなん・・だけど;
うっわ。うそっぽい(死)
いや、実際嘘なんだけど(言うな)
こんな素敵な偶然もきっと多分あってもおかしくないんじゃないかな。
・・・ってことにしといてください(笑)
ちなみに。
設定的に、これは選抜合宿に行く前。ということで。
つまり、カザやら水野やらと知り合うより前に、郭と有希はお知り合い〜・・という無謀設定です(死)
あー・・・自分で自分の首しめてる感じ(笑)
しかもなんで有希サンそこにいたんですか状態だし(おい)
あーうー・・・だってわかんないんだよ有希と郭の家の遠さが!!(哀しいかな関西人(関係ない))
てか、今更言うのもナンだけど、これって絶対プロローグだけのが完成度高かったよね(死)
(そして後に加筆修正したら郭が策士っぽくなった・・・・・何故!?(知るか))
モドル