廻る回る『緋色の風車(Moulin Rouge)』 綺麗な花を咲かせて
              
躍る踊る『血色の風車(Moulin Rouge)』 綺麗な花を散らせて









              バール山脈の奥部。 ノックス親子はそこにいた。
              理由はひとつ、今日十五になった息子の『焔の継承』のためである。

              「おいアルベル、お前本当に今日でいいのか?」
              「るっせぇ! 俺は前から決めてたんだ!」

              嬉しそうに笑う愛息子に、グラオは苦笑した。
              前から言っていた事だが、本当にやるとは思いもしなかった。

              『15になったら継承に挑む』。 有言実行はいいが、少し張り切りすぎの気もする。
              しかしグラオとしては、息子の成長を喜ぶべきものであった。

              (レイリア見てるか? 俺達の息子。 性格は俺譲りだが、顔はお前そっくりだ。)

              男手一つで育てたにしては、上手く育ってくれたと思う。
              父の武力と母の施力を分け隔てなく受け継いだアルベルは、グラオにとっても自慢の息子だった。

              「何やってんだ親父! 置いて行くぞ!」
              「あぁ!? 道案内置いて行けるのか阿呆!」

              憎まれ口を叩く息子が可愛いくて、グラオの表情筋が緩む。
              とにかく置いて行かれてはと、急いでアルベルの後を追った。



              
<小さな掌に乗せた硝子細工…其の宝石を『幸福(しあわせ)』と謳うならば…
              
の夜の蛮行は時代にどんな爪痕を遺し…彼等にはどんな傷痕を残したのだろう…>



              辿り着いた竜は、この辺りでも上位に位値する者だった。
              褐色の皮膚に力強い翼。 それなりに巨大な体躯は、『疾風』の騎乗竜に適していると言える。
              しかし…。

              「おい…。」
              「親父は黙って見てろ。」

              アルベルは刀を抜き、竜の前へと立つ。
              嫌な予感がした。

              確かに、『疾風』には適している。 しかしそれはあくまで、『疾風』の目から見た感想だ。
              一般兵卒のアルベルには、些か手に余るような気がする。

              (『焔の継承』は竜と心を通わせる事で成功する…そこを間違えるなよ、アルベル。)

              グラオは本人よりも緊張した面持ちで、事の成り行きを見守っていた。
              そんな親心を知ってか知らずか、アルベルは刀の切っ先を竜へと向ける。



              
<運命に翻弄される弱者の立場に嘆いた少年は…やがて力を欲するだろう…
              れは…強大な力から身を守るための『楯』か?
              れとも…より強大な力でそれをも平らげる『剣』か?>




              「何ノ真似ダ!?」
              「何もクソもねぇ。 俺の物になるかならねぇか…さっさと決めろ。」

              本来とは全く違う手順。 その正式な手順こそが、野性の竜との『焔の継承』を成功させる唯一の手段だ。
              それ以外で挑もう物なら…竜の怒りを買い、確実に命を落とす。

              「痴レ者ガ! 我ヲ従エヨウト言ウノカ!」
              「それ以外に何がある?」

              竜の激昂は見てわかる。 アルベルは竜の逆鱗に触れた。
              あまりのその度合いに、さすがの彼も危険を悟る。

              「愚カナ人間ヨ…ソノ報イ、死ヲモッテ償ウガイイ!!」

              竜の口元が赤く染まる。 そう思った瞬間、視界が反転した。



              
何が起こったのか…良く解らなかった…
              泣き叫ぶ『狂乱(Luna)の調べ(Harmony)』…灼けた『屍肉(にく)の風味(Flavor)』




              左腕に走る激痛。 痛みが過ぎて、もはや感覚が半ば麻痺しているが。

              しかし何より、アルベルは今のこの状況が信じられなかった。
              炎に包まれたはずの自分の体は、無事に土の上にあった。

              「こんの…馬鹿息子!」

              声と同時に、頬に衝撃が走った。



              
何が襲ったのか…良く解らなかったけど…
              唯…ひとつ…此処に居ては…危ないと判った…




              「何やってんだ、逃げろ!」

              父の手により無理に立たされ、無事な右腕を引かれて走り出した。



              
僕は一番大切な『宝物(もの)』を持って逃げようと
              君の手を掴んだ



              「逃ガスカ!」

              怒りの収まらない竜は翼を羽ばたかせ、親子の後を追う。



              
嗚呼…訳も解らず息を切らせて走っていた二人
              欲望が溢れ出すままに暴れて奴等は追い掛けてくる…




              随分長い間を走った。
              その間ずっとグラオは刀を振るい、道を塞ぐ邪魔な竜を斬り伏せていく。

              あの竜の姿はまだ見えない。 しかし確実に、山脈を抜けつつあった。

              入口付近の滝の裏。 周囲に竜がいない事を確認して、グラオは刀身に付いた血糊を拭き取った。

              「…ったく、何て事してくれたんだ。」
              「………。」

              刀を鞘にしまい、グラオは息子を見下ろした。
              当のアルベルは俯き、目を合わせようとしない。

              「はぁ…。 ほら、腕見せて見ろ。」

              自分の外套を引き裂き、焼け爛れた左腕を取った。
              細長く引き裂いたそれを、隙間なく腕に巻き付ける。

              「応急処置にもなりやしねぇが…少しはマシだろ。」
              「…何で…助けたんだ?」

              時折痛みに顔を顰めながら、アルベルが父に問う。
              キョトンとして、グラオはアルベルを見た。

              「あぁ? 息子のピンチを父親が助けるのは当たり前だろうが。」
              「!?」

              アルベルが俯いていた顔を上げる。
              それに気付かないまま、グラオは「部下だったら捨ててたが」と続ける。

              「どんだけ性格捻くれてよーが、お前が俺のガキである事には変わんねーんだし。」



              
星屑を辿るように…森へ至る
              闇に潜んだままで…




              アルベルに目線を合わせるように、グラオがしゃがみ込む。

              「次は俺が聞く番だ。 …何であんな事した?」

              アルベルの表情が一変、泣き顔になる。
              これにはグラオの方が驚いた。

              「…終わりにしようと思ったから…。」
              「は?」

              アルベルの紅い目に、水が溜まっていた。

              「お袋が死んで、親父にも迷惑掛けっ放しだったから…。」
              「おまっ、まだ気にしてたのか!?」

              
「お袋は俺を産んだせいで死んだんじゃねぇか!
              俺のこの目のせいで、親父にも陰口が絶えねぇし…そんなのはもう嫌なんだよ!」

              アーリグリフではあまり、赤目は歓迎されていない。
              敵国で奉られている物を、快く思えるわけがない。

              今までははぐらかして来たが、そんな経緯のせいで自分の目を嫌っているアルベルに、
              まさか己がその敵国の王族だとは教えられない。

              「アルベル…。」

              何とか考え直させようと、グラオが息子の頭を撫でた。
              その時。

              「出テ来イ人間ヨ!!」

              あの竜の声がした。



              
訳も解らず息を殺して震えていた二人
              絶望が溢れだすことを怖れて強く抱き合っていた…




              アルベルの肩が大きく揺れる。
              グラオはすぐに抜刀した。

              「お前はここに隠れていろ。」
              「親父!?」

              滝の裏の洞窟から出ようとする父を、アルベルは驚きながら引き止めた。
              しかし、グラオは笑うだけ。

              「明日になれば、『疾風』やウォルターのジジィが探しに来る。 それまで耐えるんだ。」
              「嫌だ! それなら俺が…!」
              「アルベル。」

              頭を撫でていた手が肩に移動する。
              しっかりと目を合わせ、真剣に言った。

              「その事を教えてやれなかったのは残念だが…いつかウォルターかアルゼイが教えてくれる。
              それに、お前に何かあったら…俺が母さんに怒られるしな。」

              グラオは笑うと、囮として洞窟から駆け出た。
              すぐに気付いた竜が、その後を追う。

              「生きろアルベル!」

              それが父の、最期の言葉だった…。



              
不意に君の体が宙に浮かんだ
              怯え縋るような目が逃げ出した僕の背中に灼けついた…



              紅い目には、竜の施力が口に集まるのが見えた。
              瞬間、視界が朱く染まる。

              「親父ーーーーーーー!!!」



              
廻る回る『緋色の風車(Moulin Rouge)』 灼けつく『刻(とき)』を送って
              躍る踊る『血色の風車(Moulin Rouge)』 凍える『瞬間(とき)』を迎えて




              竜の足元には、原型を僅かに留めた黒い炭塊。
              それに縋るように、アルベルは左腕を引き擦りながら近寄る。

              「あ…あ……。」
              「愚カナ…コノヨウナ子供ニ命ヲ掛ケルトハ…。」

              呆れたように、竜はアルベルを見下ろす。
              アルベルは関節が固まった左腕を無理に曲げ、頭だった物を抱え上げた。

              「オ前サエ庇ワナケレバ…ソノ男ハ死ナズニ済ンダヤモシレヌ。」
              「俺の…せい……?」

              茫然とするアルベルを、竜は鼻で笑った。

              「オ前ノ番ダ。 灰モ残サズ灼キ尽クシテクレ……!?」

              竜は驚きに目を見張った。
              信じられない程膨大な施力が、アルベルの体を駆け巡っていた。

              行き場を失くした施力は、やがて外へ逃げようとし…。

              「ソ…ソノ力ハ巫女ノ……! 何故オ前ガ…!?」
              「ぅあああああああああ!!!」













              
嗚呼…もし生まれ変わったら…小さな花を咲かせよう…
              ごめんね…次は逃げずに…君の傍で共に散ろう…












              閃光。












                                                                 
Moulin Rouge



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