あの人こそ、私の『英雄』なのかしら――?
(――彼女こそ 私のエリスなのだろうか……)
(Sacrifice Sacrifice Ah Sacrifice Sacrifice
Ah)
Sacrifice
〜Elysion in Tales of Destiny 〜
「あーもうっ、ムカツクわね!」
自分の周り…最低でも今の声が聞こえる範囲外に、このイライラの原因たる存在がいないことを確認すると、
無邪気な笑顔が 愛らしい妹は
ルーティはこれでもかとばかりの大声で叫んだ。
神に愛されたから 生まれつき幸福(しあわせ)だった
もし聞こえでもしていたら、容赦なく飛んでくる電撃を警戒していたらしい。
アトワイトは慣れたもので何も言おうとはしないが、それでも少しは自重して欲しいような雰囲気を醸し出している。
一人では何も 出来ない可愛い天使
マリーも気にせず森林浴を楽しんでいるし、フィリアはフィリアで怪しい実験をしている。
誰からも愛される 彼女が妬ましかった
『とりあえず落ち着きなさい。 リオンだって悪気があって言ってるわけじゃないのだし…』
「悪気があったらブッ飛ばしてるわよ!」
きっかけはいつも通り些細なこと。
器量の悪い私を 憐れみないでよ…
戦闘中に彼女がメンバーの回復をほったらかしで、金拾いに勤しんでいたことだった。
「――惨めな思いにさせる 妹(あのこ)なんて死んじゃえば良いのに…」
それだけならいつものことで、もはや誰も何も言おうとはしないのだが…。
(Sacrifice Sacrifice Ah Sacrifice Sacrifice
Ah)
ルーティの金拾い技…正式名称 “サーチガルド
”は成功時、空中に向かって高くガッツポーズを取る。
あくる日妹は 高熱を出して寝込んだ
今回はそれが、たまたま敵にとどめを刺そうとしていたスタンの顎にクリティカル・ヒットしたわけで。
ごめんなさい神様 あの願いは嘘なんです
戦闘自体は急いで前に出たマリーによって、無事に勝利に終わったのだが。
懺悔が届いたのか やがて熱は下がった
その後、戦闘指揮をしていたリオンのお小言が、いつも以上に辛辣なものになったのが彼女の癪に障ったようだ。
けれど今度は母が 病の淵に倒れた
今では当の本人は先にさっさと行てしまって、殴られた当事者であるスタンが呼びに行っている。
「でも、ルーティさんにも非があると思いますわ。
あの時スタンさん、体力がだいぶ少なくなってしまっていたようですし……」
「何よ。 回復ならグミでも何でも使えばいいじゃない!」
『「節約」と言って補充をしなかったのは、どこの誰だったかのぉ?』
「ぅっ……」
フィリアに続いてクレメンテにまで畳み掛けられ、ルーティは言葉に詰まる。
母が今際の時に遺した言葉は…
第一、もしそれで何かアイテムを使ったとしても、「もったいない!」と言って没収してしまいそうな自分をよく知っている。
「――妹(あのこ)は他人(ひと)とは違うから お姉ちゃん(あなた)が助けてあげてね…」
「お〜い! リオン連れて来たぞ〜〜」
顎に湿布を貼って、マヌケ面に更に磨きが掛かったスタンの後ろに、年齢の割りに小さな人影が見え隠れする。
すぐ近くまで来ると、顔を背けていかにも不服そうにしているが、どこか後ろめたそうな雰囲気も感じ取れた。
(Sacrifice Sacrifice Ah Sacrifice Sacrifice
Ah)
「(…あら)」
「ほらリオン」
ルーティがその変化に違和感を持つと同時に、スタンが脇にいる少年に、何かを促すように小突く。
母が亡くなって 暮らしにも変化が訪れ
それでリオンは渋々といった感じではあるが、いつもは毒舌ばかりの口を開いた。
生きる為に私は 朝な夕な働いた
「……さっきは、さすがに言い過ぎた。
だが誤解するな! お前の自分勝手な行動が足手まといになっていることは事実なんだからな!」
言い切ってまたそっぽを向き、それどころか彼女に向かって背を向けてしまったリオン。
それでも、黒髪の隙間から見える真っ赤な耳は隠しようがなくて。
スタンに説得されるまでもなく、リオン自身反省していたのだろう。
だが、素直じゃないうえにプライドも高い彼には、『謝る』という選択になかなか踏ん切りがつかなかったようだ。
結局、『スタンに説得されて嫌々』という風体を、当人の協力の下実行したようだが。
村の男達は 優しくしてくれたけど
(カルビオラでの一件以来、スタンに対してだけは素直だった。)
村の女達は 次第に冷たくなっていった
「(へ〜…結構カワイイとこもあるんじゃない。)
しょうがないわね、お姉さんが年上の余裕で許してあげるわよ」
「な…っ、誰が姉だ! 大体、元はといえばお前が…っ」
「あ〜ら、アタシはアンタの二歳上よ? 充分『お姉さん』だわ」
もともと赤かった顔を、更に赤くしたリオンが可愛く見えて。
しばらくはそのネタでからかっては遊んでいた。
貧しい暮らしだったけど 温もりがあった…
孤児院にいる他の子ども達にも思ったことだが、もし本当の弟がいたらこんな風なんだろうな、と、かすかに頬が緩んでしまう。
「――肩を寄せ合い生きてた それなりに幸福(しあわせ)だった…」
でも…ただの冗談だったこの『お姉さん』発言が、まさか現実のものになるなんて……。
それなのにどうして…こんな残酷な仕打ちを…教えて神様!
妹(あのこ)が授かった子は 主が遣わし給うた 神の御子ではないのでしょうか?
海底洞窟から脱出した後、一度ダリルシェイドのセインガルド城へと、報告のために向かった。
――妹が子供を身篭っていることが発覚した夜
誰もが茫然自失の状態で、特にルーティに至っては、ようやく逢えた家族を失ったショックで、さっきからずっと黙り込んでいる。
村の男達は互いに顔を見合わせ口を噤んだ
「しかし…あのリオンがなぁ……」
静まり返った謁見の間に、誰かのその呟きがいやに大きく響く。
重い静寂を引き裂いたのは耳を疑うような派手な打音
どこか非難めいた声音に、ルーティはピクリと反応した。
仕立屋の若女将が妹の頬を張り飛ばした音…
「もともと胡散臭い奴だったけど…。 まったく、ソーディアン・マスターの風上にも置けない」
(「泥棒猫」「可哀相な子だと」「世話を焼いて」「恩知らず」)
「(…やめて)」
あの子を、そんな風に言わないで。
――断片的な記憶…断罪的な罵声…
「大体、リオンもヒューゴも怪しかったですよ。
今となってみれば、他人を寄せ付けなかった理由がよく解ります」
(「やめて」)
嗚呼…この女(ひと)は何を喚いているんだろう? 気持ち悪い
アンタにあの子の、一体何が解るって言うの。
ぐらりと世界が揺れ 私は弾け飛ぶように若女将に掴み掛かっていた…
「最初から裏切るつもりだったんなら、友好的にする必要もなかったわけですし……」
「やめて!」
非難の声が上がる度、否定的な言葉が耳に入る度、彼女の脳裏に最期の光景が浮かんでくる。
緋く染まった視界 苦い土と錆びの味 頭上を飛び交う口論 神父様の怒声
落盤の激しい揺れ。 海水が流れ込む轟音。 自分達を見上げる、どこか安心したような弟の笑顔……。
(「純潔の」「悪魔の契り」「災いの種」「マリア様の」「誰もガブリエルを」「火炙りだ」)
「あの子のことを何も知らない…知ろうともしなかったくせに、勝手なこと言わないで!!」
(「嗚呼…悪魔とはお前達のことだ!」)
「ルーティ!?」
彼女は、自らのソーディアンを抜いた。
――そして…妹は最期に「ありがとう」と言った…
ダリルシェイドはもう間もなく、海の中へと呑まれようとしていた。
家は流され、人は逃げ惑うが…逃れる術はもはや、ない。
心無い言葉 心無い仕打ちが どれ程あの娘を傷付けただろう
城からは一人の少女が出てきた。
手には血に濡れたソーディアンが握られているが、その声ももう…聞こえてはいない。
それでも全てを…優しい娘だから…全てを赦すのでしょうね…
「あの子を裏切り者だなんて呼ばせない…。
(「でも 私は絶対に赦さないからね……
そんな世界になるくらいなら、あの子の冥る海に消えればいいわ……」
この世は所詮…楽園の代用品でしかないのなら 罪深きものはすべて…等しく灰に還るが良い!」)
……そうよ
(「――そうだ」)
――世界を見限った娘 凍りつくような微笑を浮かべ
――裸足の娘 凍りつくような微笑(ほほえみ)を浮かべ
迫り来る津波 その飛沫の向こうに『一人の少女』を見ていた――
揺らめく焔 その闇の向こうに『仮面の男』を見ていた――
BACK