あの人こそ、私の『英雄』なのかしら――?
(――彼女こそ 私のエリスなのだろうか……)
Ark
〜 Elysion in Tales of the Abyss 〜
かねてから兄の行動に疑問を感じていた私は、より近くで見張るべく、
『神託の盾』騎士団の士官学校に入学を希望した。
けれど兄は私よりもずっと上手で、そんな私の心情を見透かしていたようだった。
でもまさか、リグレット教官をユリアシティに送って来てまで、
実地訓練まで私をダアトに近付けさせなかったのには驚いたけれども。
「――箱庭を騙る檻の中で 禁断の海馬(きかん)に手を加えて
…ねぇ兄さん。
驕れる無能な創造神(かみ)にでも 成った心算なの……」
私を『箱庭』みたいなユリアシティに閉じ込めてまで、一体何をしようてしているの…?
(Love wishing to the "Ark")
(崩壊 其れは孕み続けた季節 二月の雪の日 『妹(Soror)』の記憶(ゆめ))
今まで私が心の、信念の支えとして来たもの。
「我々を楽園へ導ける箱舟は 哀れなる魂を大地から解き放つ
それは始祖・ユリアの預言と、その遵守を教義に掲げるローレライ教団の活動内容。
救いを求める貴女にArkを与えよう」
でもそれは、私が預言を、人々を幸福に導くためにある物だと信じて疑わなかったからこそ言えたことだった。
《Arkと呼ばれた物(それ)》は月光を受けて銀色に煌いた
だからこそ、戦争と世界の滅亡を詠んだ秘預言の存在は、私に大きな衝撃を与えた。
そして、それに伴う兄と教官の行動も、私には到底信じられないものだった。
私は大詠師・モースの直属の部下だけれど、預言への考え方は導師・イオンと同じだったから、
想い出まで裏切った 冷たい言葉の雨
まさか世界のほとんどの人が、そんなに預言に依存しきっていたなんて…考えたこともなかった。
幸せだった二人 永遠に届かなくなる前に…
多分私はこの時から、随分と精神的に不安定になっていたんだと思う。
それこそアクゼリュスの一件の時に、ルークを糾弾しなければ自己を保てなかったほどに。
何故なら、デオ峠で教官に言われたあの言葉に、一瞬でも心を動かされてしまったのだから。
「ティア、私と一緒に来なさい。」
「教官まで何を言うんですか!? 以前はあんなに…あんなに世界や人々のことを想っていたのに!」
「ねぇ何故変わってしまったの? あんなにも愛し合っていたのに…」
「この世界は腐っている。 膿は早い内に出してしまわねばならないのだ。」
涙を微笑みに換え詰め寄る 《『Arkと呼ばれた物(Knife)》を握って
確かにそうかもしれない、そう思ってしまったのだ。
キムラスカが今回の救援活動のためだけに、ルークを七年間軟禁してきたという事実を知った直後だったから、
余計にそう感じてしまったんだと思う。
それに何より、ずっと憧れていた教官と一緒に、大好きな兄さんの元で働ける。
その環境が、これまでなかったほど魅力的に思えたのだ。
あれほど兄を疑っていたのに…今では私は、兄と世界を天秤にかけるような真似をしている。
当時は迷いながらも教官に刃を向けたけれど…
もしもう一度同じ状況になったら、その時も当時と同じ判断が出来る自信がなかった。
――愛憎の箱舟(Ark)
(さぁ…『楽園』へ還りましょう。 お兄様……。)
(因果 其れは手繰り寄せた糸 六月の雨の日
『兄(Frater)』の記憶(ゆめ))
外殻大地の降下が終わってから二ヶ月が経って。
信じてたその人に裏切られた少女
兄が生きているかもしれないと聞いた時、とても喜んだ自分がいた。
逃げ込んだ楽園は信仰という狂気
兄は世界に仇なす存在、生かしておいてはならないと、頭では理解していたはずなのに。
新しい世界へと羽ばたける自己暗示
再び仲間達と旅を始めても、そんな自分への戸惑いが、頭から離れることはなかった。
澄み渡る覚醒は進行という凶器
「兄は敵」だと言い聞かせなければ自分を保てないほど、私は兄を信じきってしまっていたのだ。
そんな自分に気付いてから、自己を奮いたたせることが逆効果になってきた。
最期の瞬間に廻った 歪な愛の記憶
兄のせいでフリングス将軍が亡くなっても、それでセシル将軍が悲しむ姿を見ても…
脆弱な精神が堪えきれず あの日嘘を吐いた…
私には何の感情の変化が起きなくなっていたのだ。
律すれば律する程堕ちる 赦されぬ想いに灼かれながら
むしろそれが、当然のことのように思えた時には、さすがに鳥肌が立ったけれど…。
まぐわう傷は深く甘く 破滅へ誘う…
――背徳の箱舟(Ark)
(さぁ…『楽園』へ還りましょう。 お兄様……。)
被験体#1096(ひけんたい one-o-nine-six) 通称『妹(Soror)』同じく
被験体#1076(ひけんたい one-o-seven-six) 通称『兄(Frater)』を殺害
(Soror with the "Ark", Frater
in the Dark.)
<症例番号12 (Case number 12)>
過剰投影型依存における袋小路の模型(Model)
即ち《虚妄型箱舟依存症候群(Ark)》
(Soror with the "Ark", Frater
is Dead.)
兄が浮かべたエルドラント。
見覚えのない故郷は、ガイが言うにはまさにホドその物らしい。
限りなく同一に近づける 追憶は狂気にも似た幻想
レプリカなのだからそっくりなのは当たり前なのだが、私にはやはり「懐かしい」という感情は起きなかった。
求める儘に唇を奪い合い 少しずつ楽園を追われてゆく
兄とガイ…そして私の三人は、同じ心的外傷を抱えている。
いくら表面化した形は違っていても、元は同じ物のはず。
同じ心的外傷(Trauma)重ねれば響き合う
なのに、どうして今私達は、こうして互いに敵対関係にあるんだろう……?
けれどそれ以上には…
「――箱庭を騙る檻の中で 禁断の海馬(きかん)に手を加えて
驕れる無能な創造神(かみ)にでも 成った心算なの?」か…
ローレライの力を開放しても、兄は対ネビリムのためにレベル上げをした私達の敵ではなかった。
これで最後とばかりに、ルークが秘奥義を発動しようとするのが見える。
でも…ごめんなさい。 これだけは譲れないの。
在りし日に咲かせた花弁は 暗闇に散り逝くように凛と
せめてトドメは…最期の瞬間は、妹である私の手で……。
少女の声色で囁く 「楽園へ還りましょう」…
「さようなら、『大好きだった』兄さん…。」
(Love wishing to the "Ark")
はるか上空にそびえる音譜帯を目指しながら、ローレライは深い溜め息をついた。
監視卿(Watcher)は天を仰ぎ深い溜息を吐く
ユリアの子孫達の結末は想像以上に哀しいもので、見届けた今でも、これで本当によかったのかが解らない。
失った筈の《左手の薬指(ばしょ)》が虚しく疼いた
――ふと彼がエルドラント付近の地上を見下ろすと、
――ふと彼が監視鏡(Monitor)の向こうへ視線を戻すと
嗚呼…いつの間にか彼女の背後には、『一人の少女』が立っていた――
嗚呼…いつの間にか少女の背後には『仮面の男』が立っていた――
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