トワイライト
セルマにお説教されてきた甲斐があったのか、フィリエルは正式な女王として迎えられる事となった。
国中がひっくり返るような結果だった。
もちろん、側近達は国が混乱するからと一人に決めて欲しいと願い出たそうだが、コンスタンス女王は断じてひかなかったらしい。翌日の新聞記事には大見出しで載っていた。その記事は約一ヶ月ほど新聞を騒がせた。
もちろん、フィリエル達も相当忙しく、戴冠式への仮縫いやら、身につける装身具やら・・・・身の回りはばたばたとして体の休まることはなかった。
レアンドラなんかは馬で駆け回る方が好きだと言って何度か王宮を抜け出していた。
アデイルは大人しく仮縫いや、採寸につき合っていたがやはり限界で、へとへとになって毎晩ドレスに埋もれながら寝ている。
一方、フィリエルはというと、唯一心休まるのがルーンと一緒に居るときくらいだった。
「ねぇ、ルーンあなたがこの間伝えたいことって女王に呼ばれるってことだったのね」
「君たちはもう正式に女王だよ。コンスタンス女王は前女王だ」
そんなことどうでもいいと思いつつ、フィリエルは話を変えた。
「ねぇ、私ルーンと約束したわよね」
「え?」
もうっ とフィリエルは頬をふくらませてルーンの座るベンチの横にどさっと座った。夜の中庭には人気が全くない。大広間から聞こえる優雅なワルツも、終盤を迎えていた。
「ちゃんと女王になって、ルーンの研究を認めさせるって」
「ああ、そうだね。きっと、ヘルメス党のみんなは喜んでる」
とルーンがビックリするくらいの眩しい笑顔で微笑んだのでフィリエルは心底うれしくなった。
「そうかしら?」
「うん。君のやったことは無駄ではないよ」
「ありがとう。あのね、これからのことだけど・・・」
フィリエルはおもいきって決めていたことを一気にはなした。
「またセラフィールドに戻りましょう」
「え?」
危険が伴う。最初にフィリエルは思っていた。女王があんな寂れた北はずれの塔なんかに住むことは。
でも、研究をあの場所で進めていくことには大きな意味がある、そうフィリエルは確信していた。
「ねぇ、ルーン私はあそこが大好きなの。私はセラフィールドで育って今までを生きてきたわ。あそこに残るのはもう何にもないけど・・・ルーンにはきっとあそこでの研究がとても意味があると思うのよ。こんなことしたって博士はもどってこないでしょうけど、それでも私は・・・」
知らない間に何か、温かなものが頬を伝っていくのがわかった。
「あ」
ソレに気づき、フィリエルは小さく声をあげた。
ルーンはぎゅっと唇をかみしめて、俯いた。
沈黙が流れる。
でも、その沈黙はルーンによって破られた。
「フィリエル、僕は今、君の騎士だ。だから、君を守る義務がある。簡単にココから出られることはないけれど・・・」
「でも、フィリエルと一緒に帰りたい」
「ルーン・・・」
普段あまり喋らない、寡黙なひと。いつも何か、闇に紛れ込もうとしている。・・・違う、かれは闇と隣り合わせに生きている。
彼の嵐のような瞳は今はほんのりあたたかい。
「研究は続けたい。それは隠れてするには制限がありすぎたこともある。でも、博士がたどり着いたものにたどり着くには有る程度の設備や、知識が必要なんだ。でも、それは僕たちが燃やした。あの日に」
あの日・・・
あの暖炉に燃やした本の数々をフィリエルはおもいだした。
唯一の母がわかるもの・・・ 青い本。
大好きだった。 フィリエルは後悔はしたが、でも、頭に鮮明に残る母の筆跡と、可愛らしい絵はちゃんと覚えていた。
きっとあの本もいつか私の子に読ませよう。
フィリエルは密かに思った。
「でも、それより何より一番大切なものが僕にはあるんだ」
「なに?」
ルーンはフィリエルの目を見、ゆっくり一言こういった。
「フィリエル」
「何?私は物なの?」
と少し怒ったような顔でフィリエルはルーンをのぞき込む。
ルーンの目の前10センチくらいにフィリエルの顔が迫っていた。
「違う・・・僕はフィリエルがいなきゃだめなんだ」
慌てて弁解しようとしたがうまく言えず、ルーンは悔やんだ。
「私もよ」
にこっといつもの笑顔でフィリエルはわらった。
「フィリエルは勘違いしてるよ」
「あら、そんなことないわ。私はルーンが好き」
「違うよ」
ルーンは少し、イライラしながらそう言った。
フィリエルは何が?とは聞けなかった。
口がふさがれたから。
ルーンの睫毛に月夜がきらっと滑る。
いつもと違った。
いつものキスじゃない・・・
愛してると恋人が囁くようなそんなキスだった。
「ん・・・」
苦しいと訴えてもルーンはフィリエルをきつく抱きしめるだけだった。
フィリエルはなされるがままになっていて、もう、思考がどうのこうのの場合じゃなかった。
いや・・・ではなかった。相手はルーンだから・・・
ルーンが好きだという意味は私が好きなのとはチガウ・・・
やっと、唇が離れたとき2人は肩で息をしていた。
「フィリエル、愛してる」
フィリエルはルーンの眼差しが寂しいような、愛おしいような瞳をしているのが見てとれたのだった。
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