ネパール、メラピークの旅-その6
2003年10月5〜26日      同行者:TH,NM
記録
漸く何とかメラピークBCに辿り着きました。少し早足で歩くと息が切れますが、幸いにも高度障害は殆ど感じないようです。BCには多くのテントがあり本当に沢山の人たちがいますが、ピークに辿り着けるのはどのくらいなのでしょうか?天候は暫く安定しているようなので、登頂の可能性は高まりました。

2003/10/15(水) DAY 11-メラ・ラーまで偵察、高度順応

6:00起床7:00朝食8:45出発-11:10メラ・ラー12:30氷河下12:30BC(H隊長と合流)18:30夕食20:30就寝

昨日漸くBCに到着し、近くで幕営している日本人パーティと話し込みました。
東京都職の3人グループで、H隊長とも面識がある人もいました。世界は広い様で狭いものです。
今日は息つく間もなく、高度順応と氷河の登行を兼ねてメラ・ラー(「ラー」は「峠」の意味)まで往復する予定です。
昨夜はかなり冷えたが、羽毛服のインナーと羽毛のシュラフで寒くは無かった。しかし相変わらず鼻炎が酷い。

高山病の危険を考えて、敢えてコーテからずっとダイアモックスを服用し続けている為か、今朝のSpO2は84%、脈拍も85と良好な値を示している。今のところ高度順応はオーケーのようだが、まだ頂上まで高度差は2000mもある。
高所の為か、夜間には放屁も数多く経験した。
此処からは新調したプラブーツを履いて登るが、慣れない靴なので最初の岩稜は些か手間取る。
呼吸法を工夫するのだが、それにしても空気の薄さが実感される。少し段差があると、乗り越すのにも息が切れ、暫し息を整える必要がある。

一旦平地になったが、又急な傾斜を喘ぎ喘ぎ登ると、バッティが見えてきた。今日は急ぐ旅でもないので、此処で少し休憩する。

ラクパさんは此処の女主人とは知り合いのようだ。
熱心に話し込んでいる。

暫くガラ場を進むと、すぐに急傾斜で切れ落ちているメラ氷河の末端に行き当たった。此処でアイゼンを着ける。
傾斜は急だが、ツァッケを快適に効かして難なく氷河上に到達した。所々にクレバスがあるので注意が必要だが、概ねトレース通りに進む。

メラ・ラーまでは緩い傾斜で進行方向にはメラピークの数多くのドーム状のピークが見えている。それにしてもなんと言う好天なのか?心も軽くなる。

メラ・ラーはその名の通り一面の雪原の
峠で、西の急傾斜に比して東側は緩い傾斜になっており、直ぐ下にはバッティの青いシートも見える。
マカルー、アマラプツァ方面はこの峠を越えて行くことになる。
この素晴らしい景色を十分堪能するのと高度順応も兼ねて、暫し無為の時を楽しむ。

十分堪能したのでそろそろ降りだす。
それにしても多くの人達が行き交う。
メラピークのハイキャンプはあの岩峰の際にあるのだが、そこまでもずっとトレースが続いているのが見られる。
それにしてもなだらかな傾斜であるが、行き先は遠い、遠い。
翻って北方を眺めると、遠くにエベレストやローツェも見られるが、一面のヒマール(雪の白い峰)の世界だ。
この世のものとも思えない景色とは、このことだ。

往路を戻り、BCが望める台地まで到達すると、見覚えのある赤いフリースが見えるではないか!

「えっ!H隊長ではないか?」思わず目を疑った。よく似ているが、如何なんだろう。手を振っても余り反応が無い。思わず急ぎ足になりテン場まで駆け下りると、やはりなつかしの隊長でした。何と1週間振りの再会でした。

予想はしていましたが、悲しい報せです。Sさんは転落後間もなく亡くなったというのです。夕食を挟んで色々と話しましたが、隊長の気落ちはかなりのものです。何せ実の弟以上に親しい友人を無くしたのですから。


メラピークBCでのテント群

BCの下部

メラ・ラーへ向かう氷河上で左アンプリ右ラクパ

メラ・ラーより東方の山並み

北西の山々

H隊長到着!

2003/10/16(木) DAY 12-本当の休養日

6:00起床7:00朝食昼食〜17:00仮眠18:30夕食20:20就寝

BCで

今日は本当の休養日です。スケッチブックを出して少し描いてみます。流石にのんびりとしますので、気力が十分に充実するのがわかります。

皆思い思いに過ごします。ラクパの従兄弟(?)のテンバ・シェルパ(Sさんらとチョラツェを目指していたが、事故により中止になった為)も合流して、BCは一層賑やかになった。食事面でも、隊長がコックにアドバイスしてから、単調な味噌スープは姿を消しました。気分は充実しているが、メラ・ラーからの景色を思い浮かべると観念的にも頂上までは遠い。果たして辿り着けるのか?実のところ不安で一杯です。

2003/10/17(金) DAY 13-highcampへ
6:15起床7:00朝食8:30出発9:15氷河下のバッティ-10:00氷河登攀(アイゼン)-11:00メラ・ラー-13:50highcamp16:00夕食19:00就寝

出発の朝


氷河末端にて

ハイキャンプの途中で

ハイキャンプのテント群

今日はいよいよハイキャンプに出発です。入念に装備を点検します。ポーター達は此処で待機ですが、一部のハイポーターはハイキャンプまで荷揚げしてくれるようです。

隊長は「登頂出来るか出来ないかが全てで、途中のプロセスはたいした問題ではないデ!」と言います。

つまり、登頂出来る可能性を最大限に高めよ!との意味です。

途中でカッコをつけて最後まで行き着かねば、何もなりません。彼らシェルパ、ハイポーターは高地でも平気ですが、私の場合は未知数です。
彼らの好意に甘えて、出来るだけ軽い荷物で出発します。

メラ・ラーまでは知った道です。ラクパさんが一昨日に預けたアイゼンを途中のバッティに取りに行きますが、手違いで他所の隊に持って行かれてしまったようです。これは大変なことになりました。日射しは明るいですが急傾斜の氷河末端は、トレース(足跡)以外はカチカチに凍っています。滑落の危険もあります。
仕方ありません。隊長とラクパさんがアイゼンを片足ずつ着けて(!)、この難所を通過しました。

メラ・ラーから見上げると、ハイキャンプははるか上です。標高差は400mほどですが、何せ傾斜が緩いのでかなりの距離があります。先行者のトレースが延々と続きます。天候は問題なし。体調もまあまあ。登るにつれて振り返ると、エベレスト周辺の山々の景色が広がります。
しかし
道のりははるかです。幸いにも傾斜が緩いのと景色が余りにも感動的なので、登りの辛さを忘れさせてくれるようです。

漸く到達したハイキャンプは岩塔の脇の小さなスペースです。そこにこれまた幾つものテントが所狭しと立ち並んでいます。

到着後、少し頭痛がし始めました。やはり高度障害のようです。なんせ5800mですから!丁度トリカルカ(4400m)での経験と同様です。それにしてもあとの2名(隊長とMさん)は何とも無いのです。それに比して私の頭痛は段々と酷くなります。水分を十分補給して、ダイアモックスを飲みます。夕食も流し込んで済ませ、明日のことをいろいろ考えながらも、翌日に備えて眠りにつきます。

しかしこれが寝られない!特に夜半にトイレに立ってからは悶々として過ごしました。残りの2人はスヤスヤです!何だこの差は!

2003/10/18(土) DAY 14-頂上アタック日
2:00起床3:00出発7:45summit-10:00highcamp11:15メラ・ラー12:45BC眠18:00夕食19:00就寝

いよいよ頂上アタックの朝です。とはいってもまだ夜は明けていません。頂上まで6時間は掛かりますので、出発は深夜です。

昨夜は眠れずに悶々としていたので、睡眠不足を気にするより出発準備に起きる方が余程ましです。心配していた頭痛も改善し、何とかアタックに行けそうです。

ヘッドランプの明かりの中、スープ、クッキーなどの軽食の朝食を済ませ、出発準備に掛かります。プラブーツを履き、スパッツ、アイゼンを着け、ピッケルを携えて、いざ出発です。
風はかなり吹いているようです。風上の頬が冷たいのが感じられます。

暫くは緩やかな傾斜の平原を進みます。先行するパーティのヘッドランプが光ります。隊長を先頭に、テンバ、Mさん、私、そしてラクパの順に進みます。星影にうっすらと見えますが、行く先にはかなりの傾斜の稜線があるようです。呼吸を整えて、丁度COLD(慢性閉塞性肺疾患)の呼吸のように口をすぼめて呼気をゆっくりと吐き出します。
規則正しく、が大事ですが、どうしても急斜面になると、呼吸が乱れます。その度、「アプアプ (激しい代償性の頻呼吸) 」が来ます。


「もういい加減何処まで行くの!」と思いかかった頃、漸く辺りが明るくなってきました。「エベレストだ!」と、隊長が来し方を振り返って叫びます。本当です!遠くですが、周りの雪の山頂と対照的なあの黒っぽい三角錐は、エベレスト(8850m)に間違いありません。その右はローツェ(8516m)です。もう少し東を見ると、あのマカルー(8463m)が堂々たる山容を誇らしげに見せています。
明るくなると次第に周りが見えてきます。辺りはヒマラヤの高峰ばかりです。緩やかな平原のような尾根筋を進みます。

下から見ていた頂上(メラ・セントラル:中央峰)のドームが次第に大きくなってきました。

急傾斜の稜線に出ると、その先は最後の雪壁です。高度差およそ30m、傾斜は60度近くあるでしょう。これはロープを張らねばなりません。

安全ベルトを着け、テンバが張ってくれたフィックスロープにカラビナを掛けます。急傾斜と、段差が高いステップなので、3歩登ると息が切れます。その度にぜいぜいと息を整えねばなりません。

この場面では、流石に写真撮影する余裕がありません。

漸く辿り着いた頂上は、こじんまりしており、周囲は垂壁となっています。ことに南側は一気に2000m以上切れ落ちています。

此処からの眺めは、最高でした。色々な事件がありましたが、遂に頂上に達することが出来たのでした。心なしかエベレストも微笑んでいるようでした。(そんなことはあり無いか?)


ハイキャンプよりメラピーク頂上方面

アマダブラム方面

マカルー

エベレスト

山頂にて、右 Mさん

2003/10/19(日) DAY 15-BCより帰路につく

6:20起床7:00朝食8:00出発10:30カーレ12:30昼食15:40コーテ18:30夕食20:00就寝

隊長
昨日は多忙な1日だった。なんせ、登頂後は些か緩みだした雪の中をひたすらハイキャンプまで戻り、更に装備をパッキングしなおしてBCまで戻ったからです。

BCではスタッフの祝福の嵐でした。その夜も勿論、登頂祝いの夕食が出て、一同皆、無事登頂の喜びに浸ったのでした。
今日は朝から帰路に着く準備で、大忙しである。例によってスタッフが淡々と準備を行なう。

今日の行程は下りなので今日の目的地はカーレまで足を伸ばすことになる。喘ぎ喘ぎ登った道を、余裕と満足感を持って歩けるのは最高です。コーテでは、マオイストも姿を見せず安心して休めました。

2003/10/20(月) DAY 16
6:15起床7:55出発11:15岩のバッティ(昼食)15:00トリカルカ着18:30夕食20:20就寝

今朝もマオイストがいないので、一安心。今日はトリカルカ迄の登りだが、高度順応が出来ているので不安は無い。

樹林帯から矮小潅木帯、更には地衣類の混じった岩礫の道を登り返し、トラバースして行くと見覚えのあるトリカルカだ。

行きと比べると、テントが所狭しと張り巡らされ、大勢の登山者が行き交うのに吃驚する。この地域の一番賑わう季節になったのだ。反対に牧畜のシーズンは終りを告げ、ヤクやゾッキョ達の数は激減した。夜はバッティで他国の登山隊(公募隊)との交流で大いに賑わう。特にイタリア隊の明るさは一番だ。また此処の主や、はにかみ屋の(従業員の)娘達も、話の輪に入って楽しい一時を過ごした。


隊長の娘(?)ではない、バッティの雇われ人

バッティ経営者の息子(?)
戻る その7へ