登山と高山病-その1
2003年5月31〜6月1日に東京で開催された
第23回登山医学シンポジウム」に参加してきました。
この会は、「低山にせよ高山にせよ、ある程度の危険が伴うが、これを人間の側から未然に防ことが必要である。また事故発生時の処置等、医学的な問題が生じてくるが(処置者は必ずしも医師とは限らない)、さらに高所をめざす場合は隊員の適正判定から健康管理まで考えなければならない。このような登山に関連した医学的問題を研究し、その成果を発表し討論する為に発足した」学会です。
私も、急性高山病(AMS:Acute Mountain Sickness)については少し勉強し、知識と(富士山、モンブランで)軽度の頭痛程度は経験しましたが、学問的な深い検索はないままでした。今回この機会に、AMSを巡る問題について自分なりにまとめてみました。
1. 高所と気圧、酸素分圧
高所に上がると気圧が下がる。これは大気圏に積もった空気の層がその高さと共に薄くなり、それを構成する空気柱の密度(空気のタイルを上方に重ねることをイメージする?)が低下してくることで容易に理解できるでしょう。

実際,右図の如く、高度と共に気圧は急激に下降します。4000mで海面レベルの1/2(日本では富士山頂:3778mを比喩することが多い)、世界最高峰のエベレスト山頂(8850m)で1/3が目安です。

高度上昇に伴って空気組成、つまり酸素濃度(約21%)が減少するわけではありませんが、気圧が低下する分、吸入気の酸素分圧(PIO2)も大気の酸素分圧に平行して減少します1)。これは同時に肺胞気の酸素分圧(PAO2)も動脈血酸素分圧(PaO2)も減少することになります(右下図)。
例えば高度5000mでは、PaO2が40 Torrに低下しますが、これは静脈の酸素分圧(PvO2)に等しい低値となります。

1)肺胞のO2分圧(PAO2)を単純化すれば
PAO2=PIO2−PACO2/R  と表される。 PACO2:肺胞炭酸ガス分圧R:ガス交換率(CO2産生量/O2消費量=約0.85
  大気圧=760 Torr、 PACO2=40 Torrなら、PIO2は大気圧から飽和水蒸気圧(47Torr)を引いて酸素濃度(0.21)を掛けて求められるので、PAO2=(760-47)x0.21-40/0.85=102.7(Torr)となる。
動脈内酸素分圧(PaO2)は、肺胞と毛細血管間のガス拡散効率、肺胞血流量および換気血流比不均等の点から更に減少する。
この差が肺胞気-動脈といわれるもので、健常者では10Torr以下だが年齢と共に増加することが特徴的である。

通常、血液中の酸素値の表現には分圧(PaO2)、含量(CO2)、飽和度(SaO2)の3通りの方法がありますが、PaO2は動脈血を採取(採血)しないと測定出来ませんので、日常臨床や山登りでは、測定が容易な「血中酸素飽和度(SpO2)」で血液酸素量を測定します。これはHbに実際に結合しているO2含量(CO2)を、全部のHbに結合し得るO2含量で除した百分率です。Hbの酸素結合能力に対する、現実の実績といえます。
測定には「パルスオキシメーター」2)(右下図)を用います。端子に指尖を挟むことにより、簡単に脈拍とSpO2が測定出来ます。脈拍が感知できれば測定可能とされますが、高度の末梢循環不全の場合には測定不能のこともあり注意が必要です。

2)酸化ヘモグロビン(HbO2)と還元ヘモグロビン(Hb)の吸光度を、660nmの赤色光(R)と940nmの赤外光(IR)の2点で測定し、赤色/赤外光の比(R/IR)から機能的酸素飽和度So2= HbO2/ (HbO2+Hb)を求めている。RはHbの、IRはHbO2の吸光度が高い(吸収されやすい)。R/IRは、飽和度が高いほど大きくなる。

また小型の器械は測定精度、堅牢度に問題のあるものも多いようです。使い心地を十分検討してから購入するのが安全といわれます。

因みにエベレスト街道での414例、17歳から71歳までのトレッカーのデーター3)(表1.)では、高度に伴うSpO2の変化が良く分かります

標高(m)

2350

2700

3500

3900

4400

4800

平均SpO2(%)

93.2

91.1

85.8

84.5

82.6

78.7

σ(標準偏差)(%)

2.5

2.6

4.5

5.2

4.8

5.6

危険値(平均−σx2)4)

88.2

85.9

78.8

74.1

73.1

67.5

3)新井康弘/高所低酸素血症研究会での発表データー
4)この際には高度順応の可否の判断は、平均値より2σ以下から改善しないケースを(後述の)AMS発症の危険群と考えて対処したようです。
その2に続く