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雨宿り


 コロナの街角の、小さな店先で。
「うむ…バケツをひっくり返したような、とは、こういうのを言うのであろうな」
 くすんだ青い髪の男が、灰色の空からザバザバ降ってくる雨を見上げて言いました。
 その肩の上で、鮮やかな緑色の小さなかえるが鳴きました。
「これだけ激しいと、ぼくも出て行くのは嫌だケロ」
「うむ。これでは、流されてしまうからな」
 青い髪の男…ドーソン・トードは足元を見下ろしました。 通りは浅い川のようになっていて、その水が足元を洗っています。
 ドーソンは、素足にサンダル履きでした。その足はもちろん、ひざまでめくったズボンも、 はねかかるしぶきでぐっしょりと濡れていました。

 しばらくの間、ドーソンとかえるは黙ったままで、雨にけぶった灰色の街をぼんやりと 眺めていました。
「…ううむ。ますます激しくなるな」
「ケロ」
 やがてドーソンがあげた唸るような声に、かえるが同意しました。 雨の幕は厚くなって、通りの向こう側どころかすぐそこの地面さえ、 跳ね返る銀色のしぶきで、見えなくなってしまいました。
「まあ、こういう降り方は長続きしないものだ。もう少し小ぶりになったら、出て行くとしようか」
「ケロ……だけど、ドーソン」
「うむ?」
「ドーソンは人間なのに、雨具、使わないケロね…もってないケロ?」
「いや、持っているし、使うぞ」
「でも、使ってるところを、見たことが無いケロ」

 かえるがそう言ったとき、雨の幕の向こうから、なにやら大きな赤いものが近づいて来ました。
 雨で輪郭のぼやけたそれが、水をはね散らしながらドーソンの隣に駆け込んだのを見ると、 雨用の真っ赤なマントをかぶったアルターでした。
「よう、ドーソン。ひでえ雨だな!」
 雨の大きな音にまったく負けていない元気あふれる大声で言うと、 アルターはマントのフードを取り、濡れた前髪を引っつかむように絞って水を落としました。
 雨のあまりの激しさに、せっかくの防水マントも、ほとんど役に立たなかったようで、 胸から下はずぶぬれでした。
「まったくな」
 ドーソンも、つられたように、半分濡れた自分の髪をかき回しました。
「しかしアルター、こんな雨の中、いったいどこへ行くのだ?」
 言われてアルターは
「俺は、配達のバイト中さ。こんな雨の日は、荷車は使えないからな。 俺みたいな頼れる男の出番だぜ…おっと、いけねえ」
 あわてて、背中に背負っていた荷物を降ろしました。そして、 厳重にくるんだ防水布をひきはずし、中を確かめました。
「よかった、中身は濡れてねぇ」
 そして、なるべくきっちりと…と、いっても前よりは雑になりましたが… 荷物を包みなおしたアルターは、立ち上がってドーソンの濡れた顔を振り向きました。
「で、おまえはどこに行くとこなんだ?」
「ぶらぶらと散歩がてら、魔法学院へな」
 アルターは目をむきました。
「ぶらぶらとって…こんな雨ん中を?」
 ドーソンは黙ってうなづきました。アルターは、半分濡れた普段着のドーソンを 上から下まで見つめて…
「傘も持たねぇで?」

 また黙ってうなづいてから、少し考えてドーソンは言いました。
「…なぜ、街の人間はちょっとした雨でも、すぐに傘をさすのであろうな?」
「おまえ、これがちょっとした雨だっていうのか?」
 アルターは大げさな身振りで、地べたを叩きつづける銀色の雨の弾幕を指しました。
「いや、これはちょっとひどいが…宿を出るとき、空を読み損なってな。 ここまでひどくなるとは思わなかった。
だが、さっきまでの小雨程度であれば…」
「さっきまでのって…あれが小雨か?」
「小雨、ケロ?」
 アルターと、かえるが同時に聞き返しましたが、ドーソンはそのまま続けて、
「…濡れて困る物を着たり持ったりしてでもいなければ、わざわざ不愉快な 雨具など使うこともあるまい?」
「けど、濡れたらもっと気持ち悪いぜ」
「人間は、濡れたら寒いケロ?」
 アルターとかえるが、口々に言いました。
「そりゃあ、すっかりずぶぬれになったら、不愉快ではあるし…何より、 部屋に入った後が面倒だ。
だが、適当に濡れるのは、気分が良い。それに、ちょっと濡れた位なら、 放っておいても、すぐ乾くからな」
 ドーソンは、のんびりした調子で、アルターにそう説明した後、 肩の上のかえるに視線を移しました。
「今の時期、よほどひどく濡れてなければ、そうそう冷えるものでもないし …まあ、もっと寒い時期は話が別だが」
「へえっ!」
「ケロ」
 アルターとかえるは、同時に驚きの声をあげました。

 ドーソンは、そんな1人と1匹に黙ってうなずいてから、ひょいっと空を見上げました。
 雨の勢いはいくぶん収まっています。空も、心持ち前より明るく見えました。
「おお、この空なら、もう大丈夫だ。行くとしようか」
 ドーソンは、そうかえるに話し掛けると、
「では、今夜、酒場でな」
 と、アルターに手を振って、まだそこそこの勢いで降りしきる雨の中へと、 無造作に歩き出しました。
 その後にに続いて雨の街へ踏み出しながら、アルターは言いました。
「…おまえ、ひょっとしたら俺より大物かもしれねぇな」
 アルターの声に同意するように、かえるの鳴き声が通りに響きました。


私は、そんなに濡れない程度の小雨ではあまり傘はささない方で…。
ぱらぱらでも降ってくるとあわてて傘をさす人が結構いるのを不思議に思っています。
そんなわけで、こんな話を作ってみました。
まあ、さすがに、「スコールの中でも平気な親子」(昔南の国で我が大叔母が見たという)の真似は出来ませんが…

おまけ・魔法学院にて


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