自分の部屋を出たところで、僕は、ちょうど部屋から出てきたレティルとばったり会った。
「やあ、おはよう、レティル」
挨拶しながら、ふと僕は、彼女の面差しに見入ってしまった。
「おはよう、コリューン。でも、もう昼過ぎよ」
苦笑交じりで挨拶を返したレティルが、いぶかしそうに僕を覗き込んだ。
「…どうしたの?」
「あ、ああ、ちょっと昔のことを思い出しちゃって」
(「おい、レオン。あんな小さな子に手を出してんのか? 犯罪だぞ」
「ば、バカ言うな。あの子は私の妹みたいなものだ」)
「そうか、君があの時の女の子だったのか……ほんと、綺麗になったね」
いまわの際に、レオンもそう言っていたけど…
「ち、ちょっと、いきなり何を言ってんのよ!」
レティルの声が高くなった。驚いたのか怒ったのか、ちょっと顔を紅潮させている。
「それより、もうすぐ、レオンの葬儀があるの。場所は、教会よ。あなたも、急いで支度すれば間に合うわよ!」
「そうか、ありがとう」
急いで階段を下りかけて、ふと、今度はレティルが僕の顔をじっと見つめて考え込んでいるのに気が付いた。
「どうかした?」
「い、いえ、ごめんなさい。
…ただ、あなたは十年前とあまり変わっていなかったのに、どうしてレオンはあなたのことが分からなかったのかな…と、思って」
僕は階段の手すりにもたれて、レティルに向き直った。
「…たぶん、僕がコリューンと名乗っていたからだろうな」
ドラゴンを倒して、ようやく記憶が完全に戻ってきたばかりだったせいだろうか、
ちょっとしたことで昔の光景が次々に蘇ってくる。
(「コリューン…それが、君の真の名…それを、私に」
「お前の信頼に答えただけさ、レオン。
僕も、お前になら、名前だって、命だって預けられる」
「ありがとう、コリューン! 決して、君の信頼を裏切らないと誓おう」)
一人で追憶にふける僕に、レティルは、
「それじゃ、あなたの本名は別にあるのね?」
「いいや、コリューンっていうのが、僕の真の名前だよ」
当然ながら、レティルは怪訝な顔をした。
「?…それ、どういうこと?」
「うん。僕の故郷では、真の名前は、大切なものなんだ。普段は、絶対に使わない。別の呼び名をつけて呼び合うのさ。
真の名は、誰にも言っちゃいけない…本当に信頼できる相手にだけ、そっと教えるものなんだ」
「そうか。レオンは、あなたの本名と、真の名の意味を知っていたから…」
「ああ。僕が自分から、真の名を名乗るはずが無いと思っていたんだろう」
僕らはちょっとの間黙り込んで、レオンのことを思った。
「さて、それじゃ!」
僕はくるりと向き直った。と、その背中に、レティルが戸惑ったような声で言った。
「…でも、それじゃ…これから、あなたのことは、何て呼んだらいいのかしら?」
「これからも、コリューンでいいよ。こんなに有名になっちゃったんだ。今更、隠したってしょうがないじゃないか。
これからは、真の名で生きていくよ。
僕の名は、この先ずっと、『コロナのコリューン』さ」
そう答えて、僕は階段を駆け下りていった。
おまけ
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