力尽きて、ずぶぬれのまま、ぐったりと伸びて休む。リュッタが心配そうにのぞき込むのへ、何とか笑って見せた。
「リュッタ…ようやく、君に、ユニコーンを、見せられた」
「おいら、それどこじゃ無かったよぉ」
リュッタはむくれた。
「コリューン、いきなり倒れちゃうんだもん。水に落っこちたっきり、動かなくなっちゃって。…でもさ…」
と、少しばかり興奮した調子になって、
「そのとき、ユニコーンが走ってきて、コリューンに角で触ったんだ。ここの所をね」
と言い、自分の眉間を指さして見せた。
「そしたら、コリューン、また動いたんだよ…」
不意に、リュッタの目が潤んだ。濡れるのも構わず、僕にしがみつく。
「良かった…。ホントに、良かった…」
僕は、そっとリュッタの頭をなでてやった。
それから、もう一方の手で、軽く自分の額に触れてみた。
突然、心の中に声が響いた。リンとして、それでいて柔らかな、高い声。人間には決して出せないような、神秘的な声が。
(…あなたのことは、憶えています。私はあなたを知っています…)
そう言えば、ユニコーンの角を受けたあの一瞬、衝撃と共に流れ込んできたものがあったような気がする。
この声も、その時入ってきたたものだろうか。
僕は、一言も聞き漏らすまいと、心を澄まして声を受け止めた。
(…あなたは、なんてせっかちなんでしょう。
おかげで、もう少しであなたを失うところでした。ですが、なんとか間に合いました。あなたの勇敢なご友人のおかげです。
とはいえ、私があなたと共にいることは出来なくなりました…今は、まだ。
…でも、がっかりしないで。あなたは正しい道を進んでいますから。
あなたはもう少し、待つことを知らなければなりません。
と、言っても、私たちの言う、『待つこと』は、人間の言う『待つこと』とは違いますが。
…今度会うときまでには、あなたにも分かっていることでしょう。
それでは、ごきげんよう。あなたが私を忘れない限り、あなたは私と共にいます…)
声は、消えた。
僕は目をつむった。
がっかりするなと言うのは、無理な相談だった。心の一部が、今すぐに彼女の後を追いたがって暴れた。
また会うために、僕は何をすればいいだろう? 彼女の言う『待つこと』をどうやって知ればいいのだろう?
だけど、彼女は「今は」まだと言った。「今度会うとき」とも言った。だから、気持ちは明るかった。
「あ、コリューン! 手の色、治ってる!!」
リュッタの弾んだ声で、僕は目を開けた。
「ほんとだ…いつの間に」
両手だけではなかった。体は相変わらず重たく、くたくたに疲れ切ってはいたが、
体から生気が抜けていくあの感覚は、もう無かった。
「ユニコーンのおかげだね、きっと!」
「そうだね。ユニコーンが、穢れを払ってくれたんだ…」
僕はもう一度、眉間に手をやった。
「あれ、コリューン」
リュッタが声を上げた。
「そこ、白くなってるよ。その、ユニコーンの触ったとこ」
「そうかい?」
もう一度、ゆっくりと触ってみた。すると今度は、心の中に、ユニコーンのイメージが鮮明に浮かび上がった。
姿ではない。声でもない。彼女そのもののイメージ、彼女の精髄のようなものが。
僕は、それを抱きしめるように、そっと両手で額を押さえた。僕の中のユニコーンを放すまいと…。
そして、僕は、たった今、しなければならぬ事があるのに気が付いた。
「リュッタ…」
「何、コリューン?」
「有り難う。僕を呼び戻してくれて」
すっかり昇りきった夏至の太陽が、湖を暑く照らしはじめた。
コリューンの後日談、これにてめでたしめでたしです。
この後、コリューンは一生忘れられないようなしんどい思いをして、リュッタに助けられながら
オルバロスまで引き返す事になります。
(で、村の子供や若者達の『勇者コリューン象」を、自らぶっ壊して、いたくがっかりさせるのです)
数十年後、コリューンが再びユニコーンと再会する話…なんてのも、浮かんではいますが…
あまりにオリジナル度と妄想がつよいので…(爺さんになったコリューンの話…読みたい人、います?)
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