僕らはまだ、湖の上、枯れた巨木の横倒しの幹に座っていた。リュッタの歌も、まだ流れ続けていた。
空はすっかり昼の明るい色だった。今にも太陽が昇ってこようとしていた。
新しい一日の始まりだ。
僕はしかし、枯れ木の太い枝に再びもたれかかって、重い重い自分の体と格闘していた。
追い打ちをかけるように睡魔が忍び寄ってきて、ちょっと気を抜くと数秒間の、鬱々とした暗い夢を運んでくる。
「もう限界だ…休まなきゃ…眠れる場所を、探さなきゃ…」
そう思いつつも、立ち上がる気力も体力も、どうにも湧いてこなかった。
そんなときだった。
「来た!」
リュッタの鋭いささやき声が、僕の意識に突き刺さった。
ぱっと目を見開く…と…いた!!
ユニコーン! ユニコーンだ! 気高い光、清らかな輝きが形をまとったもの、僕の魂の女主人…ユニコーンだ!!
僕には分かった。それは紛れもなく、あの時出会って、恋に落ちたあのユニコーンだった。
彼女は、まるで地面の上を行くように、湖面をゆっくりと歩いていく。
ずっと下の湖底にくっきりとその影が落ちて、まるで宙を歩いているように見えた。
僕は矢も楯もたまらず、木の幹を飛び降り、湖の上を、真っ直ぐ彼女に向かって走った。
彼女のそばに行きたい。心はそのことだけでいっぱいだった。
彼女の声を聞きたい、彼女に触れたい、あの美しい首筋を抱きしめたい…
ずっと後ろの方の、どこか遠くで…
さっきまで僕の腕だった物が、太い枝から滑り落ち…さっきまで僕の頭だった物が、大きく前にのめり…
さっきまで僕の体だった物が、逆さに宙を落ちて激しく水面を叩いた。
そんなことは、どうでもよかった。そんな煩わしい感覚は無視して、僕はユニコーンに大声で呼びかけ…
そのときだった。さっきまで僕の耳だった物が、最後に拾った音が、僕を打った。
大きな水音と…僕の真の名を繰り返し呼ばわる、悲痛な叫び声が。
「コリューン! コリューン! コリューン! ……」
リュッタ!?
大変だ! リュッタに何かあったんだ!
僕は、慌てて振り向こうとして…『足』をもつらせて、ひっくり返った。
急いで起きあがろうと『体』を起こしたとき、僕は見た。頭を低く下げ、信じられない勢いで突進してくる
ユニコーンの鋭い角が、すぐ目の前にあるのを。
「わあっ!」
思わず絶叫をあげ、両手で顔を庇った。眉間にひどく熱い物がぶち当たる衝撃…。
水しぶきが上がった。
「わっ!」
頭の上で、面食らったような叫びが上がった。リュッタの声だ。
「リュッタ! どうした!? 大丈夫か?!」
そう叫ぼうとしたとたん、水ががばっと口に流れ込んできて、むせ返った。…そこは、水の中だった。
「ちょっと! 急に動かないでよ、コリューン!」
リュッタのせっぱ詰まった声と共に、僕の襟首がぐいっと引っ張り上げられた。
上目で見上げると、リュッタの顔があった。枯れ木の枝から逆さにぶら下がったリュッタは、
僕の頭を水から引っ張り上げようと必死になっていた。
僕も、必死に水をかいた。泳ぎには自信があったのだが、今回は勝手が違った。
濡れた服がからむし、体は浮いてくれない。危うく沈むところをリュッタに助けられながら、
死にものぐるいで水をけり続けて、どうにか頭上の枝にしがみつくことが出来た。
そこから、また苦労して、何とか幹にはい上がった。
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