創業20周年記念誌「すまいる」

1.住まいを考える
 住まいに求めるもの、住まいが目指すもの戻る

 私達にとって、住まいが目指すものの原点は、安全で、安心して生活の出来る場の提供です。そして、住まいは長い間その地に住まう人々と関り続けます。

 日本における建物文化は仏教伝来に伴い中国、朝鮮を経て古代飛鳥時代に入ってきましたが、私たちの祖先の素晴らしい想像力は、日本独特の建物文化として発展させてきました。

 木造建築では社寺建築、書院造り、数寄屋造りの様式を確立すると共に、町家建築においては日本建築様式の変容として改良され、今も伝統的日本建築として受け継がれています。近代では鉄骨造、鉄筋コンクリート造、現代ではプレファブリック化が進むと共に、段ボールや化学物質での建築まで出現しています。それらは全て優れた建築技術と機能を持ち、色々なシチュエーションで活躍しています。

 そんな中で、現在文化財として認められている建物、当時の職人達はいつまでも大切に守り、住んで頂ける事を念頭に出来る事を精一杯実行したのだと想像します。そして、住まれた方が建てたものと連携し、大切に建物を保存する事により、後世、文化的価値を見出され保護されているのです。

 例えば、兵庫県に千年家として古井家千年家、箱井家千年家家あります。
 この家は、室町時代の地方武士の家で、竪穴式住居がすっと立ちあがった様な、茅葺屋根に開口部の少ない土壁の建物です。この時代、金閣寺や銀閣寺が建てられ、一般庶民は竪穴式住居などにも住んでいました。

 都市計画においても、豊臣、徳川の時代には流通経済の発展から人口増加を伴う都市化整備が重要とされ、時代に即した形で発展してきました。都市部の街や建築においては、その区画割りが細分化され平屋建て中心から2階建てへと変わり、建物への要求は時代と共に多様化され変革を続けてきました。

 現代では、この様な発展の陰に隠れていた要素や考察が、今後の住まい創りに要求されるであろうと想像されます。

 それは、人口の大幅減少と高齢化、少子化、一極集中化とそれに伴う地域過疎化。核家族化と高齢化に伴う介護介助体制のあり方。結婚年齢の高齢化や女性の社会進出に伴う福祉環境の脆弱性、結婚適齢期女性の大幅減少による国家存亡の危機論等々。これは、戦後復興と経済発展に集中してきた日本が解決の糸口を探り道筋を示さなければならない喫緊の課題です。又、個人や家族の倫理観においても、その過程で充分考慮しなければならない要素であり、この他にも多くの課題が浮き彫りになっています。

 求めるものを変えれば、現在は医療や介護分野での概念が住まいにも浸透し始めています。

 クオリティーオブライフ(QOL、生活の質)とは1人の人生の質や社会的に見た生活の質を言います。即ち、人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているかを尺度として捉える概念を言い、QOLの「幸福」とは心身の健康、良好な人間関係、やりがいのある仕事、快適な住環境、充分な教育、レクレーション活動、レジャーなど様々な観点から計られ、国家の発展、個人の人権・自由が保障されている度合い、居住の快適さとの関連性も指摘され、個人の収入や財産を基に算出される生活水準とは分けて考えられるべきものであります。又、QOLの医療・介護での取り組みは歴史と共に発展してきました。医療は人を診るものであり、医学は病気を見るものだという考え方がありましたが、医療も科学的側面が強くなり、「病気は治ったが患者は死んだ」という状態が問題となり、患者が自らの理想とする生き方、もしくは社会的に見て人間らしい生活と考える生活が実現できない事が自覚されました。この様な状態を「QOL(生活の質)が低下する」と呼んでいます。これとは逆に、患者が自身の尊厳をより保ち得る生活の実現を目的とした援助が重要であるという考え方が生じました。これを「QOL(生活の質)を維持する。向上させる。」などと言います。

 
最近はインフォームド・コンセント(正しい情報を得たり、伝えられた上での合意)という言葉があります。本来はあらゆる法的契約に適応される概念ですが、日本では医療行為や治験等の対象者が自らの自由意思に基づいて、医療方針に合意する事を意味します。
 合意は同意ではなく拒否も含まれ、正しい情報を伝えられたかどうかに大きな差が生じます。この場合の正しい情報とは、対象となる行為の名称・内容・期待される結果だけでなく、代替治療、副作用、成功率、費用、予後等を含めた正確な情報の提供です。又、納得するまで質問し、説明を求めたかも合意に対する不可欠な要因となります。


 リビング・ウィル(生前の意思)という言葉があります。例えば生前に尊厳死の権利を主張し、延命治療の打ち切りを希望する事や、その意思を遺言書などに記載することであり、インフォームドコンセントの浸透に伴い、葬儀の方法や臓器提供の可否などもリビング・ウイルの対象として論じられるようになりました。


 これらの3つのキーワードは現代人の住まい創りの根源的側面にも生かされるべき要素と考えています。


 他方で、医学界においてはIPS細胞に代表される研究成果も次々と発表され今後に期待を寄せられる中、医療・介護分野でも新たな診療・介護成果が話題に上っています。これらの取り組みは、我々人類が尊厳を保ちつつ人生の終焉を迎える過程で必要不可欠なものとなっている様にも思えますが、別の角度から見てみますと、地球には人が溢れ、世界経済や地域経済活動では正常に歯車が絡まず、情報過多に埋もれ、国民は身の丈に応じた正しい選択が出来ない環境もある様に思えます。


 日本人は古来より神道を始め、仏教の伝来等から独自の文化や様式、技法を生みだし、育まれ、独特な感性を磨き続けてきました。日本人における人生観や世界観は、この様な歴史的背景からも心の底に根付いた要因の一つとして考慮しなければなりません。

 

私は、経済発展や人口問題に関する具体的解決策は持ち合わせていませんが、今、考えられる最も大切な事は、「如何なる時も、原点に戻る。」この事に尽きると考えています。


 地球上の一生物として、生を受け、人としてどの様に生きるか、どう生かされるべきか、そして、何を残し、どの様に終えるか。家族が求めるものは、家庭生活に求めるものは、これらを創造し、具現化する過程で、間接的ではありますが住まいに求めるもの、求められるものは多岐にわたり、その答えは個々の心の中に秘められている事に気付かされます。


 豊かな人生や家庭生活を送る為、これらの事柄に漠然としてでも答えが得られるならば、住まいが目指すものが微かに見えてくるように思えてなりません。


 住まいをひもとき、原点から見つめなおす事は、人が何を求め、如何なる人生を創造し全うする過程を考える事で、小さなヒントになるのではと思います。


 住まいとは、そこに住まう人達の人生や家庭生活、社会生活を受け入れ、思い出や歴史を残してくれる宝石箱の様な存在と考えています。だから住まいには個別の緻密な独創性が求められるのではないでしょうか。

<2014年4月作成、2014年11月現在確認済>
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