「……ありがとう」
「? どうしました王子?」
呟かれた声は余りにも小さく、王子の傍にいた男には王子が何かを言ったことは分かったのだが、
内容までは聞き取れなかった。
「うん。どうやらもうすぐみんな戻って来るみたいだ。もちろんあの子も一緒にね」
「そうですか。良かったですね」
「僕等にとっては確かに喜ぶべきことなんだろうね。でも、あの子にとってはもしかしたら……」
待ち焦がれた者たちが戻って来る。それが分かったからか王子の表情が明るくなった。
「それでも選んだのはリョーマ様自身です。不安でいっぱいでしょうがきっとあなたにお会いすれば
大丈夫でしょう。あなた方は血の繋がった実の兄妹なのですから」
「ありがとう。イクス殿」
イクスの言葉で全ての不安が取り除かれたわけではない。けれど、確かに心が軽くなった。
二人に出来ることは無事を祈るのみ。
「到着っと♪」
「……おい」
「何だよ跡部」
「本当にここにあいつがいるのか?」
「間違いなくここやで」
「う〜ん。俺も跡部君の意見に賛成なんだけど?」
久し振りに元の世界に戻って来た二人には目の前の景色から、ここに王子がいるとは考えられなか
った。目の前に広がる景色。それは見渡す限りの水。確かに清涼な空気が辺りを包み込み、澱んだ空
気は一切排除された空間だったが、彼等のいる位置から向かって前方にあるのは陸地が全く見えない
湖だった。波がないことから海ではない。そして流れもないので河川でもない。ただ、時折魚などの
水生生物が泳いで水面を揺らしているだけ。
結界を張っていることは分かっているのだが、何故かその結界の存在自体が分からない。自分たち
と王子の能力は大差ないと思っていた。この世界を離れる前にいた場所での結界は確かに感じ取るこ
とが出来たのだから。それが今は全く分からないのだ。意識を集中して王子の術の気配を探っても全
く感じない。だから二人は丸井の言葉を疑った。
「ひっでぇな! 俺がお前等にウソ吐くわけないじゃん。あいつの術は完璧だからだよ!」
「そうそう。王子の術は俺らとは比べもんにならんのや。この結界を壊せるモンがおるとしたらそれ
はお姫さんぐらいちゃうか?」
「……まだ、覚醒してないみたいだけどな」
三人の言葉に跡部と千石は固まる。そこまで能力に差があったとは思いもしなかったのだ。
「? あ、ああぁぁぁあぁーー!!」
考えにふけ込もうとしたところに、丸井が驚愕を露わにする。
「「丸井(君)、ウルセー(うるさい)!!」」
二人は同時に怒鳴るが当の丸井は聞いていない。というか聞く余裕などなかった。叫んだきり言葉
を失ったかのように口をパクパクさせてある一点を指差している。
「そこに何があん……うそやろ?」
丸井が指差す先を見た忍足も言葉を失った。自分の目がおかしくなったのかと眼鏡を綺麗に拭いて
かけ直し確認するも光景は同じ。忍足につられるように悪久津、跡部、千石と続いた。そして全員が
言葉を失った。そこにはいるべき者がいなかった。そう、術が完成するまでは確かに一緒にいたのだ。
跡部と千石がしっかりと手を握っていたのだから間違いはない。なのに何故……。
どこかに転がっていないか。自分たちが無駄な話をしている間に周囲を探検に行ったのではないか
と全員が辺りを隈なく探すもいない。どこにもリョーマはいなかった。
「どこ行きやがったっ!」
「リョーマく〜ん!!」
「どこ行ったんや姫さ〜ん……」
「リョーマぁ」
「……」
必死の声だけが辺りに響く。敵に見つかるとかそんなものは彼等の頭には一切ない。ただ、何より
も大事なリョーマのことだけ。
どれだけ時間が過ぎたのだろうか。辺りはいつの間にか黄金色に変わりつつある。けれどまだ見つ
からない。諦めることなど出来ない。次元の狭間に誤って落ちたのならば迎えに行くだけだ。そう決
意すると跡部と千石は丸井たちにリョーマを助けに行くことを告げようとした。
その時……
『リョーマは大丈夫。必要なことだから……』
「!? ……幸村…か」
突然響いた声は良く知るもの。姿は見えないが声だけで分かる。間違いなく自分たちの親友であり、
リョーマの実の兄である幸村精市である。誰よりも早く反応したのは跡部だった。
『そうだよ。久し振りだね跡部、千石』
「大丈夫なの?」
丸井たちから身体の状態を聞いていたので、問う声は心配な色を含んでいる。
『今すぐどうこうってわけじゃないからね。それよりもそろそろ夜の帳が下りる』
「……本当にリョーマは大丈夫なんだな」
『大丈夫。さっきも言ったけどリョーマには必要なことだから。たぶんこれが唯一の……』
最後まで言葉は続かなかったが、その場にいる者たちには分かった。言葉の意味するところを。
「……生きていたんだな」
『……』
呟かれたその言葉に対する幸村の答えはなかった。
「すぐに行く」
『あぁ、待っている』
◆◆コメント◆◆
第四章開始です♪
漸く名前が出ました!
そう、リョーマの兄とは立海の部長幸村でしたvv
幸村兄設定は以前にも使っていたので
どうしようか随分悩みましたが、リョーガが兄ではそのままじゃん!と
思いまして、悩み相談した結果やはり幸村になりました♪
せっかく一緒に帰国したはずなのにまた離れ離れ……
すいません。でもきっと必要なことだったんです!
次はリョーマの方に話移ります。
それでは「君という光 第四章」これから宜しくお願いします♪
この章が最終章になります。
ラストに向けて頑張ります!!
2006.08.06 如月 水瀬