その日はとても綺麗な満月だった。昼間は曇り空だったのが日付が変わる頃になると空は晴れ渡り、
雲一つなく、星と月がはっきりと見ることが出来た。
月の光が優しく辺りを照らしているため人口の光がなくとも充分な明るさがその場にはあった。
「じゃあ、行って来る」
「えぇ、気を付けて行ってらっしゃい」
「頑張ってこいよ! 馬鹿息子」
「馬鹿は余計だ!! クソ親父!!」
最後まで普段と変わらない父と子の会話に流れる空気は張り詰めたものから穏やかなものへ。
もしかしたら永遠の別れとなるかもしれないのに南次郎は全く変わらない態度。それがリョーマに
とっては何よりの励ましであり、救いであった。南次郎にまでシリアスな雰囲気になられると見せた
くなくても涙が零れてしまう可能性が高かったから。けれど、そんな心配はなくいつも通りの態度を
演じるでもなく自然に見せることが出来、リョーマは安堵した。
越前家の暫しの別れを静かに見守っている跡部、千石、それに忍足・丸井・悪久津も硬い表情だっ
たのが解れている。中には分からない者もいるが……。
「……さすがあの方の妹なだけあるなぁ」
「何がだ?」
すぐ傍にいる跡部にだけ聞こえるように忍足は感嘆の声を漏らす。
「お姫さんを育てただけあるわと思てな。千石があんだけ感心してたんが分かるわ」
「そうだな。それに……力も強い」
「そうなんか?」
「あぁ。あの人がいなけりゃ俺は今万全の体調でいられなかったかもな……」
甦るのは少し前のこと。
意識を失い掛けながら還ってきた跡部を含む三人を戸惑うことなく受け入れ、傷の手当も迅速に適
確に施した倫子。南次郎も最初は驚いていたものの騒ぐことはなく冷静でいた。
この二人に育てられたからこそ今リョーマと一緒にあの世界に還れるのだと思う。
感謝せずにはいられない。
「感謝してもし足らへんな」
忍足もどうやら同じ考えだったようだ。
「……どうかしたのかよ?」
「ん〜。俺的にちょっと複雑……みたいな?」
「けっ、何を今更」
「そーなんだけどね。リョーマ君はもちろんだけど、倫子さんたちも凄く素敵な人たちだからねぇ。
ホントあの方の妹なだけあるよ。南次郎さんは南次郎さんで豪快で面白くて、何よりテニスが強いし
ねぇ♪」
「テニスはカンケーねぇだろーが」
「えぇ!? そんなことないよぉ。だってテニスやってなかったらこんなに早く俺たち受け入れられ
なかったと思うよ。うん」
等とそれぞれ仲の良い……かどうかは微妙なところの者とひそひそと話しながら見守っているのだ
った。ただ一人丸井だけはリョーマに抱きつきながら家族団欒の中に溶け込んでいたりする。
誰が合図するでもなく自然と示し合わせたように三つの組は一つになる。
「リョーマはもちろんのことあなたたちも気をつけて。もし、これからこの世界に来ることがあれば
いつでも尋ねて来るといいわ。まだ話していないエピソードがたくさんあるからvv」
「「はい」」
リョーマの話と聞いては黙っていられない。もう来ることもないかもしれないが、あるかもしれな
いので自分たちが損をすることないように答える。忍足や丸井がズルイと訴えると倫子は彼等にも同
じことを告げる。喜ぶのは二人。残りは一気に不機嫌になる。特に一番だったのは当然ながら話のネ
タにされたリョーマである。
「母さんっ!! 余計なことは言わないでよ!」
「あら? 大切なことよ。それよりもあの晩の答えは出たの?」
お茶らけた表情から真剣なものへと瞬時に変わる。リョーマのそれも同じように変わった。
「「「「「「答え?」」」」」」
被るのはリョーマと倫子以外の声。
そうあの時の会話はリョーマと倫子二人だけのもの。二人以外は誰も知らないこと。父親であり、
夫である南次郎にも話していないこと。
「……まだ…分からない」
「当然だわ。だからちゃんと己の目で見て、感じて、考えたことをしっかり受け止めなさい。頭から
否定してはいけないわ。そうすればきっと答えが出るはずだから……」
「……うん」
「私たちはリョーマの出した答えに従うわ。反対はしない。リョーマの人生はリョーマだけのものだ
からしっかり悩んで考えて出した答えなら否定する要素はないのだから」
倫子の言葉はしっかりとリョーマの胸に残る。
「ありがと母さん。ついでにクソ親父も」
「お父様だろーが! まぁやれるだけやってこい馬鹿息子」
「トーゼン!!」
ニッといつもの自信に満ちた笑みを浮かべるといつの間にか術を詠唱していた忍足・丸井・悪久津
を中心に淡い光が辺りを照らし出す。そして一際眩しく輝いた次の瞬間リョーマたちの姿は跡形もな
く消え失せていた。
「……いっちまったな」
「仕方ないわ。あの子を姉さんから預かった時に既に決まっていたことだもの」
「そうだな。で、答えって何だ?」
「あぁ、それは……」
倫子と南次郎は大事な息子がいなくなった寂しさを紛らわすかのようにいつも以上に楽しそうに会
話を繰り広げる。もちろん今が夜中だということを忘れず声量は抑えてだが……
第三章 −完−
◆◆コメント◆◆
これで三章完結です!!
時間かかりすぎです。本当に……
次の章で漸くリョーマの兄の登場です♪
悩みました。最初のプロットの段階で。
誰をリョーマの兄にしようかと……
友人に相談して時間をかけて決定したんです。
まぁ、感の良い方は簡単に想像出来るとは思いますが(笑)
そして、倫子は最後まで最強ですねvv
本当書きやすいキャラです。この章は彼女が引っ張って
くれたと言っても過言ではなかったです。はい。
さて、四章なのですが
実はまだ数行しか書けていなかったり……
が、頑張ります!!
では、また四章で〜
2006.07.25 如月 水瀬