「ここが……」
青春探偵事務所と書かれた看板を確認して、太一は足を止めた。そして、微妙に逸る動
悸を抑えるために深呼吸をすると建物に足を踏み入れた。
「すいませ〜ん」
「あぁ?」
「ひぃぃーー!? すいませんですぅ」
ドアを開けた瞬間不機嫌そうな低い声が返ってきて、そのうえ、ギロリと睨まれてしま
い太一はおもわず、一度開けたドアを再び閉じてしまった。
「あっ、おい……」
対応した彼は太一を止めようと手を伸ばすが意味はなかった。
「コラコラ、海堂。お客さんを怖がらせるんじゃないよ」
「乾先輩。俺は何も……」
乾がからかい混じりに話し掛けると、海堂は少し傷付いたように言葉を濁してしまった。
「悪い、悪い。こっちの彼もね」
閉められたドアを開けながら太一と海堂の二人に謝る。そして、太一をお客様用のソフ
ァーに案内し、海堂にお茶を入れてくるように指示を出す。
「どうぞ」
お茶を出すと海堂も乾の隣に腰を下ろした。
「まずお名前をお願いできますか?」
仕事用の口調に切り替え、乾は話を始めた。
「はい。壇太一といいます」
「壇太一! 君、もしかして河村からここを紹介されたかい?」
「はい、そうですけど……」
何故そんなに驚かれるのか分からない太一は疑問を浮かべる。
「海堂」
「はい!」
呼ばれた海堂は心得たとばかりに奥のドアに消えていった。
「あ、あのう……」
突然の海堂の行動に太一は呆然とするのみ。そんな太一を安心させるために乾は海堂の
行動の説明をした。
「悪いんだけど少し待ってもらえるかな? 所長を呼びに行ってるんだ」
「えっ! 所長さんですか!? どうしてですか?」
「河村から電話があってね。君が訪ねて来たら、必ず所長が対応してくれって。めったに
要求などしない彼からの頼みだからね、きかないわけにはいかない。お世話にもなってる
しね。あぁ、来たみたいだ」
手塚の姿を目の端に捉えると、乾はソファーから立ち上がり、手塚に場所を譲った。
一緒に出て来た不二はこの隙にと逃走しようとしたが、手塚に横に座れと命令され、渋
々ソファーに腰を下ろした。
この数分後手塚は自分の判断を後悔することになるのである。
「始めまして、手塚です。待たせてすまない。では、話を聞こう」
「はいです」
そうして太一は河村に話した内容と同じことをもっと詳しく話し始めた。
脅迫されていること。そのせいで千石がおかしな行動を取り始めたこと。更に千石がし
ようとしているある計画について。これについては実は河村にも話さなかった。しかし、
探偵という彼らなら秘密にしてくれると思い、包み隠さず話すのだった。
「最後にもう一つ。でも、これについてはお願いがあるです」
「何だ?」
「これから話すことは皆さん以外には絶対に秘密にして下さいです」
「分かった。もとより、俺たちは依頼内容を他人に漏らしたりはしない。信用がなければ
この仕事は成り立たないからな」
太一の不安を拭い去るように誠意を込めて話す。
「はいです。千石さん、誰かを誘拐しようとしているみたいなんです……」
太一以外の者はその言葉で表情を硬くした。いや、一人だけ興味なさそうにしている人
物がいる。もちろん不二である。しかし、今涼しい顔をしている不二も太一の次の言葉で
豹変する。
「誰かというのは、具体的に分かるか?」
「名前しか分からないのですが、確か越前リョーマという……」
最後まで言わせてはもらえなかった。
「どういうこと!?」
今まで静かだった不二が突然ソファーから立ち上がり、太一を責めるように詰め寄る。
「えっ! あっ!?」
「ねぇ、どういうことなの!?」
「落ち着け、不二!」
暴走する不二を手塚が止めようとするが不二はきかない。
「どうして落ち着いていられるのさ!! リョーマが誘拐されるっていうのに!!」
「だからだろうが。彼を責めてどうにかなるのか? 違うだろう。今やることは越前の無
事を確かめることではないのか?」
「あっ!?」
手塚の言葉で自分を取り戻し、急いでケータイを取り出すと短縮ボタンでリョーマのケ
ータイに掛ける。しかし、千石の条件を呑んだリョーマはケータイの電源を切っており、
繋がるわけがないのである。
何度かけても繋がらないため不二はイライラが限界に達し、ケータイを無意識に床に叩
きつけた。
「不二!!」
「物にあたるのは良くないと思うぞ」
手塚は眉間のシワを深くし、乾は不二のケータイを拾う。ケータイはものの見事に壊れ
ていた。それを海堂に渡し処分を頼むと乾はいろいろな機材を置いてある部屋に向かう。
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