青春探偵事務所 1


  



 スパーン、スパーン。

 日中だというのに、人通りが少ないためか、道路よりも多少高い場所にある公共施設で

ある、ストリートテニスコートから軽快な打ち合いの音が響いている。

 天候は快晴。五月という時期ということで気温も適温で、絶好のテニス日和であるとい

える。そんな中で気持ち良さそうな汗を流してテニスに集中している2人の男女がいた。

長くリズムの良いラリーが続いていることから二人のテニスの腕は一定水準を満たしてい

ることが窺えた。そんな二人のラリーが途切れたところで、女の子の方から休憩を提案し

た。

「神尾君。そろそろ休憩しよっか?」

「……うん。そうだね」

 神尾と呼ばれた男の子が了承の返事をすると、二人はコートの側に設置してあるベンチ

に座り、喉の渇きを潤すために用意していたドリンクを飲む。そして、一息つくと、先ほ

どとは一変して神妙な面持ちで女の子・橘杏が神尾に言葉を発する。

「何かあったの?」

「えっ!?」

「この頃ずっと元気がないから……」

「………………ずっと、誰かに見られてる気がするんだ。――――――」

 長い沈黙の後、神尾は小さな、だけど、酷く重い声音でゆっくりと喋り始めた。その内

容は、毎日感じる強烈な視線。一日に何度も何度もかかってくる無言電話。無言電話に至

っては、ケータイの方にもかかってくる始末で、番号を変更しても一向に効果はなかった。

そして、定期的に送られてくる明らかな盗撮写真だった。

 これらのせいで神尾は神経を擦り減らすほど悩み、そのため食事もろくに喉を通らず、

更に体調にも大きな影響を与えるようになっていたのだった。

 二人の纏う空気は益々重く、どんよりしたものになる。

「神尾君。私、お兄ちゃんに相談してみる。……いいよね?」

「……うん、お願いするよ」

 杏の言葉に一瞬躊躇したものの、自分ではどうすることも出来なかったことを思い返し

て、神尾は承諾したのだった。







 閑静なオフィスビルが立ち並ぶ中、どこか西洋風な、それでいても、隣接しているビル

と同化しているような建物。そんな建物に一体何の用事があるのか、オフィスビル街には

似合わない、テニスラケットが入ったバックを肩にかけたセーラー服の橘杏が立っていた。

 彼女が入ろうとしているビル、……それは、知る人ぞ知るビルだった。その建物の入り

口には「青春探偵事務所」と書かれてある。一介の女子学生が入るべきところではない。

しかし、杏は意を決したのか、重厚で重みのある扉を恐る恐る開けた。

「すみません……」

 杏が部屋の中に声を掛けてみるが返事はない。しかし、入り口には「営業中」の看板が

あったので誰かがいるはずである。杏はドキドキしながらも、事務所の中を歩いてみると、

とても柔らかそうなソファーの上で一人の青年が気持ち良さそうに眠っていた。

「あ、あの、すみません……」

 眠っている人を起こすのに気が引けるのか、杏の声は人を起こすボリュームではない。

「……う、ん…?」

 それでも杏の声に導かれるように青年・不二周助は薄く瞳を開けた。

「……君、誰?」

 客に対する言葉ではない。

「あ、あの、ご相談があって……」

 不二の言い方に少し怯えながらも、杏はここに来た理由を不二に説明し始める。

 面倒臭いなぁと思いながらも、それを微塵も表情に出さず不二は杏の説明を聞いていた。

そして、杏は不二に話しながら不二から渡された依頼書を記入していた。

 内容は知り合いがストーカーに合っているということだったが、この手の事件は明白な

証拠を挙げなければ相手もシラを切って逃げることが出来るし、警察に訴えても力を入れ

て取り組んでくれない場合が多く、時間も手間も物凄くかかるのだった。不二はその回答

を一瞬で叩き出し、きっぱり断ることに決めた。

「あのさぁ、悪いけど……」

「お願いします!!」

 断ろうとした不二の言葉を遮り、断らせまいと頭まで下げてお願いする。杏は必死だっ

た。会うたびに顔色がどんどん悪くなる神尾。このままだとそう遠くない日にきっと倒れ

るだろうと誰が見ても明らかだったのだ。そのことを杏は怖いくらいの形相で訴えた。

「本当に悪いんだけど、何度頼まれてもダメなものはダメなんだ。それにそんなに最悪な

状態なんだったら、こんなところに来る前に警察に行った方がいいと思うよ」

 杏の必死の嘆願に不二はいともあっさり断りで返答した。

 食い下がろうとするが、そんな杏を不二は笑顔一つで引き下がらせた。これ以上はもう

何を言っても聞いて貰えないだろうと悟った杏は、ガックリと肩を落とし、青春探偵事務

所を思い足取りで後にした。











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