「突然だけどリョーマ。来週から日本に帰ることになったから、帰国の準備してね?」
母倫子からの言葉を聞いて三日後。リョーマは日本にやって来た。
本当は帰って来たという表現が正しいのだろうが、生まれも育ちもアメリカのリョーマにとっては
初めて訪れた国なのだから間違いではない。
入国の手続きを無事終え、迎えに来てくれるという従姉妹との待ち合わせ場所を探す。
「アレかな?」
世間では新学期が始まったばかりで、ましてや本日は平日。いくら飛行機が到着したばかりといえども
それほど人の波でごった返してはいなかった。それでも多いものは多い。
人混みが苦手なリョーマはそこにいるだけで疲れを感じていた。
待ち合わせ場所は従姉妹が言ったようにすぐに見つかった。
近くのベンチに座り待つことにする。
「ごめんなさいリョーマさん。待たせてしまいましたね」
「別に。菜々姉が悪いわけじゃないし。どうせ道が混んでたんでしょ」
待っただろうに自分には滅多に文句を言わない従兄弟に菜々子は苦笑するしかない。
「お腹空いたでしょう。お昼どこかで食べましょうか? 奢りますよ」
「和食」
「じゃあ行きましょうか」
菜々子の言葉にリョーマはコクコクと素直に頷いた。
その日の夜。
「リョーマ! お前中学どうする?」
「どうするって?」
「どこの中学行きたいかってことだ。一番近いとこならお父様の母校の青学だな。後はまあいろいろだな」
「いろいろってどこだよ」
「お前が通うトコだ。自分で決めた方が良いだろ? どーせ暇なんだから明日から学校巡ってこいや!」
「俺、初めて日本に来たんだけど?」
「そういやぁそうだな……。よしっ、お父様がピックアップしてやるから地図持って頑張れや!!」
父親の発言としてはどうかとも思うのだが、十二年息子として側にいたので、こういう時は何を言っても
無駄だと分かっていた。悲しいことに……。
「……クソ親父」
リョーマの呟きは南次郎に届いたのか、届かなかったのか。返事はなかった。
「リョーマさん、朝ですよ。おばさまもおじさまももう出掛けてしまいましたよ」
新鮮な朝日を遮っているカーテンを開けながら菜々子は、布団に包まり、愛猫と一緒にいまだ夢の世界の
住人とかしている従兄弟を起こしにかかる。
「……後5分」
「アラアラ。ご飯冷めてしまいますよ。今朝はリョーマさんのリクエストにお応えして和食なのに」
「っ!? すぐ起きる」
スッポリと頭まで被っていた布団をはねのけると、クローゼットから服を取り出し始める。
そんなリョーマを見てクスリと笑うと、菜々子は用意をするため部屋を後にした。
「はい、リョーマさん。おじさまからです」
食後のお茶を飲んでいたリョーマに差し出されたもの。
それは、地図と一枚のメモだった。
「………………」
「おじさま本気だったみたいですね」
どうやら昨夜の話を聞いていたようだ。
「全く、何考えてんだよあのクソ親父!」
「おじさまの考えることは誰も予想出来ないですからね」
苦笑する従姉妹にリョーマは溜め息を吐くことしか出来ない。
仕方なくメモを見てみると、三校ほど名前が挙げられていた。
「青学は親父の母校だっけ? 後の二つはどこなんだろう? …………まあ、いっか」
「どうするんですか?」
「暇だから外ブラブラしてくる」
南次郎の言うとおりに行動するのが余程癪なのか不機嫌な表情を隠そうともしない。
「気を付けて行って来て下さいね」
「ん」
菜々子の言葉にもおざなりに頷くと、出掛ける準備をするのだった。
「どこだ?」
地図と睨めっこするも分からないものは分からない。
諦めて人に尋ねるのかと思いきや、リョーマはそのまま道を進む。
ポーン。ポーン。
毎日必ず聞いている音が耳に響く。
「どこ?」
キョロキョロと辺りを見回し、目的の場所を見つける。
咎められないかなどという考えは微塵もなく、堂々と目的地の門をくぐる。
門の表札には“氷帝学園中等部”と。
コートがどこにあるかなど知るはずがないが、ボールの音を頼りに足を進める。
「へぇ〜、結構やるじゃん」
見つけたコートの中では二種類のジャージを着た少年たちが試合をしていた。アメリカのJr.大会4連続
優勝という同年代の中で無敗の成績を持つリョーマは、はっきり言って日本のテニスのレベルは期待してい
なかった。けれど、今目の前の光景はそれを見事に覆すものだった。
知らず知らず彼等のプレイに見惚れていた。
「ん? 誰や? 入部希望かな?」
「どうかしたのか侑士?」
「あそこにな、試合食入るように真剣に見とる子がおるんや」
長髪にメガネをかけた関西弁の少年忍足侑士が指を指すと、すぐ隣にいた綺麗に切り揃えたオカッパの髪
の少年向日岳人が視線を向ける。
「女?」
「いや、男やろ。ギリギリで」
失礼極まりないセリフである。
「おい、お前等。ちゃんと見とけ!」
泣きぼくろが特徴の容姿端麗な、けれど異様に態度が偉そうな少年跡部景吾が二人を注意する。
「跡部も見てみいや。めっちゃ可愛いで」
「そうそう」
忍足の言葉に向日が同意を示すと、例え断っても結局最後には二人に言い包められるのがいつものことな
ので、試合前に余計な体力を浪費したくなかったため、仕方なしに二人の視線の先に跡部も視線を向ける。
「……」
「どや?」
「…………」
「プッ。跡部の奴固まってるぜ侑士」
「刺激が強すぎたんか?」
めったにない跡部の状態に二人は大爆笑。
そんな三人に気付かない者はいない。
青と白でデザインされているジャージを着ている少年たちが怪訝そうに見つめる。
「どうしたのかな?」
「俺が知るか」
「別に君に聞いたわけじゃないよ」
だったら俺しかいない所で問いの言葉を口にするな!と眉間のシワをより一層深くしながら心の中で叫んだ。
はずだった……
「手塚。実際に死ぬのと死んだ方がマシだと感じるのどっちがいい? 特別に選ばせてあげるよD」
「け、結構だ」
「遠慮することないんだよ」
「遠慮などしていない。いい加減人で鬱憤を晴らすのを止めろ不二!」
「へぇ〜。鈍感だから気付かないと思ってたんだけど、案外やるね手塚」
「……」
「不二、その辺で止めとけ。手塚の血管が切れる」
180センチはゆうに超えているだろう長身に、黒縁メガネをかけ、常にノートとペンを携帯している少年
乾貞治が不二と手塚の会話に入ってきた。
「偶には切れてみるのもいいんじゃない?」
不二の言葉は容赦がなかった。
「落ち着け手塚。不二の言葉は半分くらいは聞き流してたらいい。それよりも、話を最初に戻すが、跡部たち
が見ていたのはアレだな」
不二の言葉で怒りに震えていた手塚も、元々興味があった不二も乾が指した方向に目を向けた。
「見学の子? 氷帝なんかに入るのかな? 勿体ないよ可愛いのに!」
「…………」
確かに可愛いとは思う。けれど、それで何故氷帝に入るのが勿体ないということになるのだろうか?と固ま
りながらも頭の隅で考えていた。
「で、あの子誰なの? 乾」
「知らん。いくら俺でも初対面の奴のことなど分かるはずがないだろ」
「ちっ、役立たずが」
魔王様が降臨されているようだ。
乾と手塚は不二から素早く離れた。
コート内で真面目に試合をしている者たちも周りの様子に気付いた。
サーブのトスを上げたのだが、そのまま綺麗に手に戻す。
「どうしたんです、宍戸さん?」
パートナーの突然の行動に、白髪で乾に負けず劣らずの長身の氷帝2年鳳長太郎が疑問を投げかける。
対戦中の青学のゴールデンコンビと言われる大石・菊丸もどうしたんだとネット際に寄って来る。
「激ダサだな」
氷帝、青学両方の陣営を指しながらきつい一言。氷帝3年宍戸亮である。
「一体何を見てるんでしょうか?」
忍足や向日が何かと興味を持つのは良くあること。けれどアノ跡部までもが意識を奪われている。
気になって当然。
「…………えっ!?」
「どうした? 長太郎」
すぐ隣にいた宍戸には、とても小さな声だったがしっかり聞こえていた。
「あっ!? おい、どこ行くんだよ長太郎!!」
「お、鳳君!?」
「あっ!? どこ行くんだにゃ!!」
驚いたかと思うと、試合中だというのに突然コート外に向かって走り出した鳳。
宍戸を始め、今まで静観していた大石・菊丸も声を上げることしか出来なかった。
コート内の騒ぎに気付いたコート外の者たちが名前を叫ばれた鳳に注目する。
「鳳! テメェ何やってる! 試合中だろうが!!」
部長である跡部が怒声を上げるが綺麗に無視。
「……ど、どうしてここにいるんですか!?」
「!?」
呼吸をほんの少し乱した鳳の登場に珍しくリョーマは驚きを露にしていた。
next
◆◆コメント◆◆
久々の短編です。とか言いながら続いてるんですけどね(死)
この話は管理人の個人誌としてオフ本にする予定だったんですけれど、見事落ちました……
一本で終わらせるはずだったのに何故か前編。
メインの二人がお互いに存在に気付いた所で前編終了。後編はいつになるやら(←おい/怒)
なるべく早く書きます! 頑張って!!
けれど、現在プロットを無視して驀進中(笑)展開はいつもの通り管理人にもわかりません。
一体どうなるのやら(死)