はたけカカシは不思議な人だ。 あまりに有名な逸話とは裏腹に、彼の人柄は飄々として掴みどころがない。どこか達観したような穏やかな姿は、 かつて暗部に身を置いていたという事実を忘れさせるのに十分だ。子供たちを託してから、カカシと知り合い、そして一緒によく飲みに 行くようになった。くだらない話もすれば、真剣な話もした。カカシの話は中忍の自分には興味深い話ばかりで。 けれど、彼と親密になればなるほど、気づいてしまった。時々、彼が自分を見て、寂しそうに笑うことに。 「…イルカ先生?」 自分の腕で固まってしまったイルカに苦笑して、カカシはイルカの頬に流れる一筋の涙を拭ってやった。 (思わず言っちゃった…) 長く自身の胸に隠してきた気持ちは、あっけないほど自然に零れ落ちた。 「言っときますが、オレの『好き』は友情の意味なんかじゃなくて、肉欲を含む『好き』なんで。」 「あ、あの…」 更に固まるイルカを、カカシは柔らかく抱きしめて、困ったように笑った。 「ごめんなさい、あなたに迷惑をかけるつもりはなかったんですけど…」 「……俺は、悲しめばいいんですか、喜べばいいんですか?」 「え?」 教え子を喪ったことを悲しめばいいのか、あなたに告白されたことを喜べばいいのか。 暫しの沈黙の後、ぽつりと零されたイルカの言葉に、カカシは思わず言葉を詰まらせた。 「…っ、喜んで、くれるんですか?」 「誰だって、人の好意は嬉しいに決まっています。」 カカシの腕から逃れ、カカシに向き合ったイルカは、目じりを拭いながら、少し赤い顔ではにかんだように笑った。 「肉欲を含んだ『好き』でも?」 「そ、それは…努力します…。今すぐには無理ですけど…。」 「ありがとう、イルカ先生、大好きです。」 きっと同性と肌を重ねることなど知らない人。このような告白にとまどったのは傍目にも明らか。 けれど、嘘偽りのない答えは、真摯にカカシの心に届いた。そして、努力してくれる、とも。その心が嬉しくて、カカシは心の中で何度も 大好き、と呟いた。 ――本当は知っている。アンズがあの日、別れ際に叫んだ『先生大好き!』という言葉には本当の恋情が含まれていたことを。 その言葉に含まれる切なる想いに、きっとイルカは気づかなかった。 彼女の想いが届くことはないけれど、自分はこれからを生きていく。もっと多くの時をイルカと過ごしたいと願う。 「いつか、イルカ先生がオレを受け入れてくれるように願ってますよ。」 肉欲の『好き』って意味でね、とカカシがいたずらっぽく言うと、イルカは呆れたように笑った。 ――本当は知っている。カカシと過ごす時間がとても心地よいものであることを。この時間がずっと続けばいいのにと思っている自分がいることを。 おそらく、自分が自ら望んでカカシの手を取る日もそう遠くないなと、酒宴へと戻るカカシに手を引かれながら、イルカは一人苦笑した。 二人の周りには、薄紅の桜の花びらが余韻に浸るかのように、ふわりふわりと舞っていた。 |