まだひんやりと寒さの残る朝方。まだ完全に明け切らない空は、ほんのりと空を薄紫に染めていた。 逃げるようにイルカ宅を出たカカシは、少し離れた場所で立ち止まり、名残惜しそうに振り返って、イルカの寝室の窓を眺めた。 昨夜はどろどろに抱いた。酷い言葉を何度も吐いて傷つけた。きっと今は疲れ切って夢の中を漂っていることだろう。 (このまま、集合場所へ向かうか) 集合時間には少し早いが、任務に必要な武器や道具はちゃんと装備してきたし、わざわざ自宅へ戻る気もありはしない。 早く集合すると、髭あたりには驚かれることだろうが。 とにかく気が重い。知らずため息が出た。 「無理させちゃったなあ…。酷いことたくさんしたし。本当に別れ話を切り出されそうだ…うわ、死にそう…」 「だったら、感情で突っ走らず、人の話も聞いてください!」 突然の声に、カカシの思考はフリーズした。聞き慣れた声は、昨夜の情事の名残か少し掠れていた。恐る恐る振り返ってみると、 そこにはやはり昨夜酷く当たってしまった恋人の姿が。きっちり衣服を整えた姿は、情交の名残などまったく感じさせない。 「…イルカ先生、昨日は本当にすみませんでした」 「カカシさん、あんたが昨日見た女性は『これ』ですよ」 カカシの謝罪をきっちりすっぱり無視して、イルカがずずいと突き出したのは、首根っこを掴まれた月子であった。 「え、ええ?」 さっぱり訳がわからないカカシを一瞥した月子は、イルカの手から、ふわりと跳躍した。地面へ柔らかく着地すると、月子の姿は変わってゆく。 「まさか、カカシさんが『視える』人だとは思わなかったもので…」 イルカが言い終わるか終わらないかのうちに、月子は、あの日カカシが見た、真珠色の髪を持つ女の姿に変わっていた。カカシを見つめる瞳が、 侮蔑の色をにじませているのは気のせいではないだろう。 「月子は、いわゆる化け猫ってやつですよ。ほら、うちの両親が健在だった頃からいるって言ってたでしょう。言葉を話すことは出来ないし、本当に一部の者にしか、人間としての姿は見えないようです」 「…そう、だったんですか」 カカシはがっくりと脱力した。自分はどうやら人外の者に嫉妬してしまったらしい。 「イルカ先生、本当にごめんなさい!」 もう、土下座でも何でもしたい気分だ。 「もういいですよ、カカシさん。許してあげます。だから無事で帰ってきてください」 それに、カカシさんの独占よく丸出しの言葉に、愛されてるって感じられたし。 少し照れたように柔らかく笑うイルカは何もかも許してくれるようで。カカシは泣きたい気分になる。 「ごめんなさい、イルカ先生、誕生日おめでとう。…愛してる」 少し早い誕生日の祝いの言葉を小さく紡ぎ、カカシはイルカに口付けた。 |