6 ルーレットは回転する円盤に投げられたボールがどこに落ちるかを当てるゲームだ。 また、盤には数字が書かれており、その数字の背景には赤か黒かの色がついている。 「俺がディーラーの代わりでいいよな」 会場内のルーレットコーナーから無理を言って借りてきた回転盤をセットしながら周防が言う。 先程までのんびりとソファで傍観していたくせに、面白がっているのか率先して準備を手伝っている。 「ルールは二目賭け。黒か赤だ。わかりやすくていいだろ?」 ルーレットには複数の賭け方があり、同じ二目賭けでも偶数か奇数などで賭けるやり方もある。しかし、色で賭ける方が一目で勝ち負けがわかるので手っ取り早い。 「先生が好きな色選んでいーよ」 ルーレットに用いるボールを周防に渡しながらカカシはのんびりと笑う。露出しているのは片目だけだというのに余裕ありありの態度に感じられて、ますますイルカの機嫌は悪くなった。 「俺が勝ったら、二度と俺の目の前に現れないでくださいね」 にっこりと強烈なスマイルを閃かせながら、イルカは心の中で罵詈雑言を吐き捨てた。 「じゃあ、始めるぞ」 周防の一言でその場が張り詰める。回転盤を凝視するカカシとイルカ、二歩ほど離れた場所から三人の様子を見守るアスマ。 ジャラッと小さな音を立てて回転盤が勢いよく回りだす。回転スピードが最高潮に達したところで周防がボールを投げ入れた。 盤上へ投げ入れられたボールはすばらしい速さで回りだしてゆく。忍びの動体視力がいかに良くても、盤上のどこにボールが止まるかを予測するのは難しい。 イルカは自分の直感を信じた。 「黒!」 しばらくして回転のスピードが落ちてくる。そのまま緩やかな回転となり完全に止まる。…ボールが指し示したのは――赤。 「……先生、オレの勝ちだね」 ショックのあまり立ち尽くすイルカに、上機嫌のカカシは耳元で囁きかける。 「やっぱりオレとイルカ先生は運命で結ばれてるんですねぇ」 イルカが反論する時間を与えず、カカシはイルカを抱き上げた。大して体格も変わらないのに軽々と抱き上げられ、再度イルカはショックを受ける。 「そんな訳で、今夜はじっくり付き合ってもらいましょう。時間が勿体無いからさっさと行こうか」 「…こ、こんな筈じゃなかったのに…」 颯爽と勝って、カカシときれいさっぱり別れる筈だったのだ。 今まで、どんな困難な状況も実力と直感そして運で勝ってきた、生き残ってきた。だがカカシに出会ってからそれらが上手く機能しない。 カカシの懐に取り込まれていくような、そんな気がしてイルカは不安に打ち震えた。 「だ、誰か助けてくれっ!」 「駄目ですよ、先生。逃がしませんよー」 イルカを抱きかかえたまま、カカシはさっさと会場を出てゆく。 会場にいる誰もが皆、関わりたくないとばかりに視線をそっと外し、二人のやり取りを見なかったこと、聞かなかったことにした。 ――悲痛な叫びが闇に消えてからしばらく。 回転盤を片付けながら、アスマは努めて冷静な声を出した。 「周防。お前、何をした?」 「さてねぇ。俺のせいじゃないと言い訳しておこうかな」 「…確かにディーラーのお前がボールを投げ入れた後にイルカは『黒』に賭けた。ってことは…」 アスマは嫌な予感に打ち震える。 「…つまりカカシが何か細工したってことなのか?」 んー、と唸りつつ周防は染めた髪の毛をくしゃりと撫でた。 「アスマさんはいい人だからなぁー。 可能性その1。ルーレットのボールを渡してきたのははたけだった。あのボールに特殊な磁石が仕込んであって好きな色の方にボールを留めることができた。 可能性その2。写輪眼を連想させる赤にイルカは嫌悪感を持ち、黒を選ぶと読んだはたけが設置時に回転盤に細工をした。 可能性その3。はたけが何らかの術でいつの間にか俺を操っていた。 可能性その4。全て偶然。まさに運命! さあどれでしょう?」 「……お前なぁ…」 回転盤の片づけを終わらせたアスマは大きなため息をついて再びソファに沈み込む。 正直言って周防もまたカカシ同様にこういったことでは信用できない人間だ。『可能性その5。周防がカカシと共謀してイルカを嵌めた』も否定できない。 「どちらにしろお前がカカシの行動を黙認した事実は変わらねぇ。大事なイルカをカカシにやっていいのかよ」 側に立つ周防を見上げると周防は小さく苦笑して、アスマの隣に腰を下ろす。 「俺とあいつじゃいつまでも過去を引きずるだけだ。イルカを変えてくれる奴がいるならそれに賭けてみたい。 ナルトのおかげで随分救われたけど、それだけじゃちょびっと足りない」 「…もうちょっとマシな奴を選んでやってくれ」 アスマの言葉に周防は珍しく心からの笑みを見せる。小さな頃から兄のように接してくれたアスマが自分たちを心配してくれるのは、照れくさくもあるが純粋に嬉しい。 「まあ、本当に耐えられなくなったらそれなりに反撃するんじゃないかな?それに俺としてははたけの行動は見てて面白い」 「…やっぱり楽しんでるんじゃねーか」 アスマのぼやきを聞き流しながら、周防は草木が眠る時間になってもまだ、いやむしろ盛り上がる黒夜の会場を見渡す。 イルカに伝えなければならない知らせがあったが、今すぐにというようなことでもない。 次に会ったときでも構わないだろう。 殆どの者が気づいていない内に既に回転盤は回り始めている。あとはボールが投げ込まれるのを待つばかりだ。 |