朱を奪う紫  閑話休題


   
   


聞いたか?あの中忍とうとう堕ちたらしいぜ。
イルカが休んでいた間に何時の間にかそんな噂がたっていた。そのためイルカの怒りのボルテージはかなり上昇していた。 真実を知る数少ない同僚たちは、可哀想に、とイルカの肩に手を置いてしみじみと呟いた。
不本意ながらカカシに抱かれた(というか犯された)ことをイルカは忘れようと誓ったのに、根回しのよい上忍 がいろいろと吹聴したせいで『うみのイルカは、はたけカカシの情人』というありがたくないレッテル を貼られてしまったらしい。おまけにカカシに気のある女性からは、棘のある視線を受ける羽目になった。
「そういえば、そろそろ7班が任務終了で帰ってくる頃じゃないのか。」
すっかりヤサぐれてしまったイルカに気を遣ったのか、同僚がポツリと呟く。今日の7班の任務は、人手が足りない ある富農の農作物の収穫を手伝うこと。朝が早かった代わりに、昼をやや過ぎた今頃には終わっているだろう。
とたんにイルカがすばやく席を立った。
「お…俺、周防薬師のところに用事があるから早退する!連絡よろしく!」
そう言い残すと、イルカはあっさりと消えた。
「…どんな手使われたんだろうな…」
「…さあ…」
触らぬ神にたたり無しとはいうが、イルカの遁走は、受付でのカカシとのやり取りを聞きたいと思っていた好奇心 丸出しの忍びたちを少々がっかりさせることになった。

周防の家は里の中心からはやや離れたところにある。小ぢんまりとした一軒家で、裏には竹やぶが茂り、近くには薬草なども 採取できる小さな山もある比較的自然が多い場所だ。
イルカが玄関に立つと、音もなく白い猫が現れた。周防の愛猫だ。
「周防の元へ案内してくれないか。」
猫は付いてこいとばかりに一声鳴くと、尻尾をピンと立てて歩き出した。イルカもその後ろに続いて家へ上がり込む。
家の主は、日の光が暖かく注ぐ縁側に面した和室で、のんびりと優雅に茶を立てていた。なかなかに慣れた手つきをしている。
「久しぶりだな、イルカ。」
そう言って笑った男は、ダークブラウンの髪に、鳶色の瞳をしていた。名を山城周防という。イルカの下忍時のスリーマンセル の仲間で後に上忍となり、『舞風の蘇芳』と謳われた男だ。蘇芳は鮮血を纏う姿と、名の周防を掛けたもので賞賛の証でもある。
「久しぶりも何もあるか。お前は忍びを引退したんじゃなかったのか?あんないかがわしい薬作りやがって…!俺がどんな目に あったと思ってるんだ。」
「ああ、悪かったって。こちらにも事情があるんだ。」
イルカの憮然とした表情に苦笑し、周防はイルカに詫びてみせた。事の顛末は、周防にも聞こえるところだ。座布団を持ち出して イルカに座るように促す。イルカも遠慮なく、周防が茶器の側に置いていた和菓子の箱に手を伸ばした。

「…お前って、こんなところに吸い付かせるのか。」
突然背後から周防につつっと首筋をなぞられ、イルカは思わず菓子箱を取り落とした。



   という訳で周防(すおう)編です。山城周防(やましろすおう)と読みます。彼はこの後の展開にも
   重要人物として関わってきます。そしてイルカ先生、相変わらず苦労してます(笑)
   2005 12 08 陸城水輝



topへ    2へ