1 聞いたか?あの中忍とうとう堕ちたらしいぜ。 イルカが休んでいた間に何時の間にかそんな噂がたっていた。そのためイルカの怒りのボルテージはかなり上昇していた。 真実を知る数少ない同僚たちは、可哀想に、とイルカの肩に手を置いてしみじみと呟いた。 不本意ながらカカシに抱かれた(というか犯された)ことをイルカは忘れようと誓ったのに、根回しのよい上忍 がいろいろと吹聴したせいで『うみのイルカは、はたけカカシの情人』というありがたくないレッテル を貼られてしまったらしい。おまけにカカシに気のある女性からは、棘のある視線を受ける羽目になった。 「そういえば、そろそろ7班が任務終了で帰ってくる頃じゃないのか。」 すっかりヤサぐれてしまったイルカに気を遣ったのか、同僚がポツリと呟く。今日の7班の任務は、人手が足りない ある富農の農作物の収穫を手伝うこと。朝が早かった代わりに、昼をやや過ぎた今頃には終わっているだろう。 とたんにイルカがすばやく席を立った。 「お…俺、周防薬師のところに用事があるから早退する!連絡よろしく!」 そう言い残すと、イルカはあっさりと消えた。 「…どんな手使われたんだろうな…」 「…さあ…」 触らぬ神にたたり無しとはいうが、イルカの遁走は、受付でのカカシとのやり取りを聞きたいと思っていた好奇心 丸出しの忍びたちを少々がっかりさせることになった。 周防の家は里の中心からはやや離れたところにある。小ぢんまりとした一軒家で、裏には竹やぶが茂り、近くには薬草なども 採取できる小さな山もある比較的自然が多い場所だ。 イルカが玄関に立つと、音もなく白い猫が現れた。周防の愛猫だ。 「周防の元へ案内してくれないか。」 猫は付いてこいとばかりに一声鳴くと、尻尾をピンと立てて歩き出した。イルカもその後ろに続いて家へ上がり込む。 家の主は、日の光が暖かく注ぐ縁側に面した和室で、のんびりと優雅に茶を立てていた。なかなかに慣れた手つきをしている。 「久しぶりだな、イルカ。」 そう言って笑った男は、ダークブラウンの髪に、鳶色の瞳をしていた。名を山城周防という。イルカの下忍時のスリーマンセル の仲間で後に上忍となり、『舞風の蘇芳』と謳われた男だ。蘇芳は鮮血を纏う姿と、名の周防を掛けたもので賞賛の証でもある。 「久しぶりも何もあるか。お前は忍びを引退したんじゃなかったのか?あんないかがわしい薬作りやがって…!俺がどんな目に あったと思ってるんだ。」 「ああ、悪かったって。こちらにも事情があるんだ。」 イルカの憮然とした表情に苦笑し、周防はイルカに詫びてみせた。事の顛末は、周防にも聞こえるところだ。座布団を持ち出して イルカに座るように促す。イルカも遠慮なく、周防が茶器の側に置いていた和菓子の箱に手を伸ばした。 「…お前って、こんなところに吸い付かせるのか。」 突然背後から周防につつっと首筋をなぞられ、イルカは思わず菓子箱を取り落とした。 |