・・・だから、カノンさんのあの写真集は、そんな僕の事も救ってくれた」

 「・・・写真集、ですか」

 はい、とにっこりして、ヤマモトシンジは立ち上がると、本棚から

「CANON」の写真集を取り出した。ブルーの表紙は海辺で撮ったものだ。

 ヤマモトシンジは既に何度も見ているのか、ぱらぱらと慣れた手つきでページをめくり、

これ、と言って見開きのページを指さした。

 見開きいっぱいに、映画のフィルムをフィルムごと焼き付けたような、

小さなコマでカノンの表情の変化が写してある。じっと見ていると目が痛くなりそうなそれは、

間違いなく、泣きながらユーリの名前を叫び続けた時の連続写真だった。

 「『ユーリ』と言っているでしょう。何度も、何度も。ユーリがバリ島に行きたがっていたのは、

そこがマミさんに誘われた旅行の行き先からだったんですね。この写真で、僕はカノンさんこ

そが、探していたマミさんなのだと確信したんです」

 ヤマモトシンジは、この連続写真をひとつひとつ凝視して、唇の動きを追った。

プリクラみたいにちいさな写真を、ひとつひとつじっと見つめて。

 おそらく彼は、ユーリの言った言葉のひとつひとつを大事に保管して、

必死で探し求め続けたのだろう。ユーリが好きだったもの。ユーリが話した何か。

何でも。そして、この写真集にまで行き着いた。

ユーリがたった一度「カノンは自分の友達だ」と言っただけで。

 堪らなくなって、マミは涙を拭く暇もなく立ち上がった。 

 「待ってて。すぐ戻るから」

 鞄を掴んでマンションを出ると、マミはいちばん近くにあるスーパーまで走った。

 15分後、息を切らして部屋に戻ってきたマミを、ヤマモトシンジは困惑した表情で見つめた。

それに構わずマミは部屋に上がりこみ、ヤマモトシンジを見上げる。

 「スープ。作るから、見てて。ユーリに教わったやつ」

 棒立ちになったヤマモトシンジを強引にキッチンまで引っ張り込み、マミはスーパーの袋から

買ってきたものを取り出した。たまねぎ。コンソメ。キャンベルのコーンポタージュスープの缶詰。

ミルクとバター。コンデンスミルク。S&Bのカレー粉の缶。

 「簡単だから、あたしにも作れるって、ユーリが言ってた」

 あらかじめスープとカレー粉の缶を開け、マミはたまねぎの皮を剥き始めた。

ざく切りにして、暫く使われていなかったらしいフード・プロセッサーを洗って、

たまねぎのみじん切りを作る。換気扇を回して、鍋にバターを落とし、たまねぎを弱火で

炒めてから水とコンソメを少し。

スープの円筒を振り落としてミルクでのばし、コンデンスミルクとカレー粉をほんの少しずつ。

一連の作業を、ヤマモトシンジが見守る中、マミは慎重に丁寧に行った。

それから、戸棚から小さな皿を取り、その中にたまじゃくしでスープを少しだけすくい取る。

たちこめるコーンポタージュスープの香り。皿にのったたまご色の液体。

 マミは、それをヤマモトシンジに差し出した。いつかユーリがしてくれたように。

 「味見して」

 ヤマモトシンジは躊躇しながらもそれを受け取ると、キスをするように唇を寄せた。

 「熱いからね」

 ユーリが教えてくれた事。あの時、訳もわからず心が震えた事。いろいろな、全て。

 ユーリが死んでしまっても、二度と会えなくても、あたしはきっと忘れない。

 「・・・おいしいです。とても。・・・ありがとう」

 そっとスープを舐めとったヤマモトシンジは泣いていた。



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 -32- >END




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