めーめーさんのむねのいたみ



 早起きな鳥のさえずりに目を覚ます。
 疲れ切って重い身体を引きずるように起こし、大窓のカーテンを少し開くと水色に染まった空が見えた。
 よかった、寝坊じゃない。
 ソニックが頬に薄く笑いを浮かべる。
 ブレイズとふたりで眠ってまだ僅かしか経ってないはず。皇女を起こさないように静かに衣服を整えて、そっとそっと客間を抜け出した。

 しんと静まり返った廊下でひとつだけため息をつく。
 使用人用の階段で階下に降りるとまだ厨房にも誰もいなかった。いつもギリギリまで寝てしまいソニックが働き出す頃にはこの厨房も人で溢れかえっているのに。
 ふと、誰かが忘れていったらしい手鏡が棚に置いてあるのが見えた。
 それで自分を映してみると、酷い顔をしている。頬に残る涙の跡くらいは消してしまいたい。
 がたがたと誰かの足音が聞こえて、慌てて外の、厩舎の近くに井戸があったのを思い出してそちらへ向かった。

 釣瓶を落としてロープを引いて。
 桶の中にたまった冷たい水で顔中をびしょ濡れにしてしまうと、少しはきれいになれるかと思う。
 ぱしゃんと後ろの芝生に水を零すと、その音を聞いたらしい人影がこちらを覗いた。

「だーれ? ああ、ソニック。珍しく早起きね」
「ルージュか。何やってるんだ?」
「朝食用の卵を鳥小屋に取りに行くの。アンタも手伝ってね」
「All-Right」

 いつも通りのルージュにほっとする。
 隣に並んで歩くと甘い香水の匂いがする。子どもの頃は鼻をつまんだような匂いだけれど、今は少しいい匂いに変わった。
 ルージュがニッコリわらって、ソニックの曲がったメイドキャップを直してくれる。

「そうそう、元気にしてなさいね。何があったか知らないけど、アンタが沈んでるとシャドウがピリピリして他の使用人が大変なんだから」
「ルージュって、シャドウの恋人だったんだろ?」
「遊び相手よ。アイツじゃ玉の輿には乗れないしね」
「玉の輿に乗りたいのか。…貴族って大変だぜ」

 ルージュはそれには返答しなかった。甘い夢だけじゃない、なんて互いに解り切ってるからだ。
 とりとめのないお喋りをしながら卵を集め鳥小屋の掃除を終えて、母屋の厨房に戻った時までソニックは元気だった。
 なのに。
 シャドウが他の使用人たちとあいさつをしている、ただその姿を見ただけで、バカみたいに泣きそうになってくる。
それを懸命にこらえて笑顔を作った。

「おはよう、シャドウ」
「…ソニック、キミは今日は休みだ」
「は? 何言ってるんだよ。朝っぱらから下手なジョークで」

 話の途中で、シャドウがソニックを抱き上げた。
 文句を言おうにも出てこない。苦しいくらいに息が詰まる。代わりに涙があふれてくる。

「シャド…に、言わなきゃいけない、ことが…、オレ、皇女と」
「自分の部屋で休むか、それともボクの部屋で休むか、どちらがいい?」

 ソニックは答えられなかった。
 だから、ソニックの部屋の前を何も言わずに通過してゆく。
 シャドウの胸に抱かれて揺れる、それがあまりにも心地よい。なのに、胸が痛くて痛くてたまらない。
 使用人部屋の一番奥の扉をくぐると、はじめてこの部屋に来た時から好きで好きで仕方のない匂いに包まれる。
 そっと、ベッドの上に降ろされようとするのを、ソニックはシャドウにしがみつくようにして離れない。唇同士が触れる。

「…ん、ソニック? 今は」
「して…くれよ」
「しかし、キミの体が」
「してくれたら、休むから、だから」

 シャドウが触れる体は冷たく、見た目の消耗だけではないのがありありと解る。
 ため息を飲み込んで、できるだけ負担の少ないように、と、ソニックを組み敷く。
 袖から覗く腕の内側や、ボタンを外したブラウスの間に、噛み傷と見覚えのない鬱血がある。嫉妬で消してしまいたいというよりも、その傷があまりに痛々しくて触れることができなかった。
 力の入らない足から下着を引き抜いて、開かせる。おそらくそこも傷だらけなのだろう。指を滑らせ中心に触れると、冷たく濡れていた。

「いっ…」
「痛むか。やめておくか?」

 ソニックがゆるゆると首を横に振り、唇だけでシャドウを呼ぶ。痛みを堪えて、それでも幸せそうに微笑む口元に何度もキスを落として、指で傷ついた秘所をゆっくりかき回した。
 薄い蜜が温く溢れてシャドウの指を湿らせる。だが、いつもより薄く頼りない水分。これでは、中に挿れるだけでも相当の苦痛になってしまう。

「も、いいから、いれて」
「こんな状態でやっても、気持ちよくなんかならないだろう」
「……な、子供ができたら、結婚してくれるって、本気だった?」
「何なら今すぐ教会へ連れて行ってやるぞ」

 シャドウのあまりに真面目な顔に、ソニックの胸が痛んだ。それを笑顔に隠して足を開くと、シャドウの服の中から熱くなった男根を探り出して、自らの花に添える。

「あついの、いれて。オレを、あたためて」

 言葉通りに、シャドウは自らを少しずつ花にうずめてゆく。
 中にも傷があるのだろう、時折呼吸を止めて耐えているのがわかる。けれど、ソニックの求めに応じて、熱を与えるように最奥まで楔を打ち込んだ。

「ソニック」
「しゃど、好き」
「キミは僕のものだ」

 都会の路地裏で拾った、浮浪児。
 男の子だと思っていたら、かわいらしい胸がついていた。
 過去や身分など関係ない。拾った時からソニックはシャドウのものだった。
 緩く腰を動かすと、傷が熱を持ち始めて熱くなってくる。痛むに違いない。なのに、シャドウを強く締め付けてくる。
 嬌声はない。悲鳴を抑えて、吐息だけが次々落ちる。

 いとおしい。

 その存在の中へ、シャドウは命のかけらを解き放った。











 シャドウが部屋を出てゆく。
 ソニックの衣服を元通りにして、やさしく毛布をかけてくれた。
 このまま眠ってしまいたかった。

「でも、もう、そういうわけにはいかない、っぽいんだよなあ」

 疲れ切った身体を起こして、ふらつく足で立ち上がる。
 すうっと大きく息を吸えば、シャドウの部屋の匂いを感じる。紙やインク、糊のきいた洗濯物、僅かな男の匂い。
 それだけで十分、感じられる。

 怒るだろうか。
 怒るだろうな。

 ポケットに手を入れる。昨日から入れっぱなしでくしゃくしゃになりかけた、伯爵の手紙。
 そこにある使命に触れる。
 一度だけ、目を閉じると、次に開いた時には女戦士の顔になれた。
 身体中の傷も、それよりずっと耐えがたい胸の痛みも、全て忘れよう。

 シャドウの部屋の窓を開く。眼下にはテラスや食堂の屋根が低く連なってるのが見える。
 あの時とは違う。海に飛び込むわけじゃない。

「きっとまた会えるさ、シャドウ」

 口に出して言うのは、自分が真実それを望んでいるから。
 最後に一目、後ろを振り返る。

 …あと一回、キスしとけばよかったな!

 そんなことを思った。
 それから。
 まっすぐ前を向いて、ソニックは窓から飛び出した。









 青い針鼠のメイドは、ロボトニック家からいなくなった。











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