ひつじさんと皇女様



 黙々と続けていた作業。
 スコップでしばらく掘って、今は手で、爪を汚しながら土を掻く。
 最初の「彼女」にあたり、さらに慎重になる。
 薄く汗をかくほどだったのに、冷たい風にさらされるだけではなく体がしんと冷える。
 やがて、ほぼすべてが、二人の前に現れる。

「付き合わせて悪かった。ありがとうシャドウ」

 そう言って、皇女は自ら掘った穴の前で静かに首を垂れる。
 足元にある墓碑に刻まれた名は、マリア・ロボトニック。
 白い骨は大きく崩れることなく、ヒトであった時の形に並んでいた。ただ、胸の部分だけは違う。丸くくぼんでいる。

「これが、あなたの、・・・ブレイズ様の探していた証拠?
「そうだ。マリアが死んだときには遺体を改めることが許されなかった」
「ああ、教会の命令だった・・・」

 5年前、マリアは死んだ。

 マリアは、皇弟様と結婚することになっていた。
 その直前に急な病に倒れた、というのが表向きの話。
 シャドウや皇女様は、結婚を嫌って毒を飲んで自殺したという噂も聞いていた。おそらくはそちらが正しいのだと。
 だから彼女と、皇弟の名誉のために、遺体を改めることを禁じられたのだ。
 だが、この胸骨の破損は何だ。銃で撃たれたとしてもこんな風には壊れない。まるでゴッソリとその部分が抜けたような、空白。

「ブレイズ様はマリア様の死の原因を、病気でも自殺でもないと仰るのですね」
「そうだ。皇弟は再婚相手に処女とこだわるようなお人ではないからな」
「では、一体」
「あの後・・・、皇弟はマリアの次の結婚相手に私を要求した。けれどもその時すでに私は処女ではなかったのを理由に、別の貴族の娘があてがわれ・・・彼女が皇弟を殺したとされている。その娘もすでにこの世にいないがな」
「確か亡くなった皇弟様は、現皇帝の義弟で将軍まで務められた屈強な方。以前から不思議に思っておりました。皇弟を殺した姫君は十歳程の子供とか」
「そうだ。彼女にできるわけがない。皇弟はマリアのように、胸部を抜き取られて死んでいた。おそらく同じ者がふたりを殺した」
「胸を抜き取って?」
「知っているか? 心臓は悪魔の餌だそうだ」

 冗談のような話を皇女様は真顔で口にする。信じがたいが、目前に並ぶ骨列には人の所業とは思えない空白。
 では悪魔が、マリアを殺したというのか。その理由は何なのか。

「皇弟は、城に悪魔を飼っていた。・・・逆かもしれない。悪魔が皇弟を支配していた」
「まさか、悪魔など今の世に信じる者は」
「いるのだ、今も城に。そいつの次の狙いは、シルバーかもしれない」
「ご子息様・・・が何故? 次に殺されてしまう、と」
「奴は何故かハリネズミの形にこだわっている。贄にして殺すだけでは止まらない。私はもう、それだけは絶対に・・・」
「僕も、ご子息様をお守りします。あまりご心配なさらずに」
「ああ、そうだったな。マリアは私の親友だった。そして、・・・皇弟とともに殺されたもう一人は、心を尽くして愛していたのだ」

 深い後悔に皇女様は膝をついて祈る。その涙をじつと堪える姿は、同じ空白を抱えるシャドウもかける言葉が見つからない。
 冷たい空気を吸い、伯爵様から命じられていた仕事、テイルスに借りた暗闇でも一瞬で写真が撮れるカメラで、見たものを記録した。
 そして、再び土を穴へ戻す。
 白い骨になっているのに、そこにマリアの頬笑みを探してしまう。
 彼女の死の理由を知っているのは、悪魔だけ、なのだろう。
 夜明けの白い空明りを頼りに、元通りに土をかけなおし、さらに種を撒く。
 マリアが好きだった白い花だ。春になれば芽吹くはず。

 黙って思案を巡らせていた皇女様がぽつりと言葉を落とす。

「わたしは、お前とよく似た黒いハリネズミの男を知っている。そいつが悪魔ではないかと疑っていたのだ」
「そして、その男と僕が何か関係があると、ブレイズ様はそう思っておられる」

 城での夜会の日、皇女様がシャドウに厳しく詰問してきた理由はそれ。
 シャドウも、ほんの僅かの間、「よく似た男」と顔を合わせた。確かに姿かたちは鏡映しだった。

「シャドウ、お前にも聞いておきたいことがある。答え難ければ黙っていても構わない」
「僕の素性について、か」

 皇女様がこくりと頷く。
 立場から命ずれば答えさせることができるのに、そうなさらない。情熱的だが他者への気遣いを知る方だ。雰囲気はソニックにも似ている気がする。
 きちんと答えたいのだが。

「わかりません。僕は、マリア様に拾われた孤児だったから」
「拾われた?どこで」
「さあ。伯爵様ならご存知かもしれない」

 自分が拾われた時の話などは聞いたことがない。
 テイルスが拾われた時のことはよく憶えている。もの覚えの見世物だった子狐を、マリアは憐れんで、伯爵は物珍しさで買い取ったのだ。
 漠然と自分も同じようなものだと思っていた。
 けれど、よく似た人物がいれば、血縁か何かを疑うだろう。

「僕がその悪魔と関係がある、ということなら、ブレイズ様は僕をどうする?」
「殺す」
「即答だな。後の危険を回避するために・・・以前の僕だったら命を差し上げても構わなかったが、今は浅ましくもそれを惜しみたい。悪魔を捕らえるというブレイズ様の話、協力させて頂けるか?」
「わかった。ついでに聞こう。お前が命を惜しむというその理由は?」

 シャドウは口をつぐむ。その端を僅かに持ち上げて。
 脳裏に浮かぶのは、メイド姿の青いハリネズミ。まったく月並みだが、彼女を放って死んだりはできないと思うのだ。
 悪魔だろうが神だろうが、何者にも大切なものを奪わせたりしない。
 朝の気配が強くなる墓の前で、眠る人に向けシャドウは改めて誓った。

「この後、屋敷へご逗留ください。シルバー様も喜ばれます」
「そうしよう」

 皇女様の口調も温む。
 今のこの冷たく殺伐とした雰囲気も、ご子息様ならきっとやわらげてくれるだろう。
 その想いが、皇女様とご子息様を守るということを、シャドウは知っている。



 二人を強い朝日が貫いた。









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