火口の真っ赤に溶けた溶岩の上で、炎の竜が暴れている。
 黄泉から溢れる力も吸いこんで、意思を制御できなくなったのだろう、強くなりすぎた炎で自身の身体も傷つけてしまいそれで余計にまた暴れる。

 竜退治は困難を極めていた。


「ドラゴンの弱点は、額にある角だ。そいつを切り落とせ」
「解ってる。気付かれずに上から接近すればいいんだろ?」
「カリバーンはガラハッドに預ける。いいな」
「無論だ」

 ふたりは剣を交換して、高温の向かい風を突き進む。
 ガラハッドの剣はカリバーンより軽かったが、破魔の力を持つ銀の刃は使い手に馴染み、護る力にあふれている。

 ソニックが合図を送ると、ガラハッドは降りそそぐ溶岩の塊を聖なる力で足場に変え、高く高く舞い上がってゆく。
 降り注ぐ炎の雨をかわして走るソニックに気付いたレッドドラゴンが飛び跳ね、溶岩の津波を巻き起こして吠えた。とっさに冷え固まった岩盤を見つけて、派手に逃げ回る。吹き上がる高温のガスが火の鳥になってソニックを襲うが、それも大振りに斬り伏せた。
 常人ならその場にいるだけで焼け死んでしまう温度だが、ガラハッドの剣は青白く輝き、持ち主を護り続ける。
 ソニックが可能な限り地面近くにドラゴンを注目させておいて、ガラハッドが空中から不意打ちをかける。安直だがこの方法ならば、一度きりでも勝機が見える。

 空中から少しずつレッドドラゴンに接近したガラハッドは、その無残な姿に心が震える想いだった。
 確かにこのドラゴンが暴れるせいで、ふもとの街が荒れ果てているのだが。
 身を深く食らう暗黒の力がなければ、鉱山に、ひいてはこの国に、炎の災厄ではない、たくさんの恵みを落としてくれたのに。



『私がレッドドラゴンを鎮めよう。炎の意思を操る私なら、災厄を封じることもできよう』

 モルテン・マインへ向かう荷馬車の上で、パーシヴァルが言っていた。命を賭して、とは明言しなかったが、そのつもりだったのだろう。ドラゴンを生かしたまま火山に封じるのなら、確かにそれが一番の方法だ。
 渋面を作った同行者ふたりだったが、ソニックはすぐに表情を変えた。何のためにソニックがこの世界にやってきたのか。
 その理由にガラハッドも納得して笑うことができたのだ。



 赤黒い炎に包まれたレッドドラゴンの真上まできて、ガラハッドは深く息を吸った。

「オレが、パーシヴァルも山のふもとに住む人々も、みんな救ってやる。力を貸してくれ、カリバーン」
「まったく…私を扱う者は皆欲張りだ」

 剣がぼやく言葉の意味に頬を緩ませながら、ガラハッドはドラゴンの角をめがけて急降下する。カリバーンを強く握りしめた。

「オレたちは、運命だって変えてやる!」

 完全に不意を打てたようだ。上空から打ちつけたカリバーンは太陽のような輝きを放ち、暗灰色によどんだドラゴンの角には無数のひびが走る。ドラゴンが苦痛の雄叫びをあげて、真黒い噴煙が天に突き上げられる。

「Once more!」

 ソニックの歓喜の声が響いた。ガラハッドは角にもう一太刀浴びせる。小さな破片が飛び散る。
 次でとどめだ。
 なのに、振り上げたカリバーンを叩き下ろすことが、ガラハッドにはできなかった。
 ドラゴンの眼を見たからだ。
 人間が引き起こした暗黒の力によって狂わされ、こんな風に死に果てるなど、高貴な生命に与えられる運命ではなかった。
 「力」の性質が変わった。
 ガラハッドの心が凪ぎを生み、ドラゴンの暴れる意識さえも波ひとつ無く静かになってゆく。

「だったら、祈ってやる。お前にも、運命を変える奇跡を…」

 赤く燃えるドラゴンの目に、ガラハッドの金色の瞳が映って、清浄な意識が高きから低きへ流れてゆくのを感じた。



 ソニックは見た。
 弱ったドラゴンの眼前で、ガラハッドが頭上に掲げているのはカリバーンではなく、白く輝く銀の聖杯だった。
 そこにたたえられた聖人の血を、狂ったレッドドラゴンの角に振りかけると、同じ輝きがドラゴンに、そして火山全体から発せられる。

 一瞬、世界は明るい雲の中に入ったように、真っ白に染まった。












つづく







2009.07.24


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