青白い燐光を纏って、ガラハッドが空から降りてくる。
 ソニックが立っている場所は、火口の縁で熱かったけれど、数瞬前までの灼熱地獄ではなくなっていた。

「なかなか面白いものを見せてもらったぜ。これが噂の、神の奇跡ってヤツか?」
「気味が悪いなら、そう言えよ」

 ガラハッドの拗ねた様子は、ソニックの感心を受け入れそうにない。理由を問おうとしたが、ガラハッドから聖なる気が消えると、変わってざわざわと黄泉の気配が満ちてくる。
 どうやら、ドラゴンと火山の中心は清浄に戻ったらしいが、周辺までは鎮まらなかったらしい。

「くそっ!まだ出てくるのかよ」
「もう一回、気合い入れて行こうぜ!ふもとまで下りなくちゃ、な」

 互いに剣を戻して、迫りくる黄泉の騎士に応じようとするが、ガラハッドは力を使い尽くしてしまっている。
 ソニックひとりならば風のように駆け下りるのだが、背後にガラハッドを庇いながら敵一体も残さず進むとなると、日暮れまでにふもとへ降りることができなくなる。

「アンタひとりで先に行けよ。下から援軍つれて来てくれればいいから」
「援軍なら、もうすぐ着くさ」
「え?何を言って、」

 崩れかけた坂道、間欠泉が吹きあがり、また黄泉の蜘蛛が大波になってふたりを囲んだ。
 防戦一方になって周囲の状況が全く見えない。足場の悪さにソニックがバランスを崩すと、そこに待ち構えたように黄泉の騎士が上から飛び込んでくる。

 防御の魔法が間に合わない!
 が、覚悟した衝撃は来ない。
 ガラハッドは目を見張った。突風が目前の黄泉の騎士を横薙ぎにしたのだ。ソニックはすぐ隣にいるのに。

「よぉう!助けに来てやったぜ?」
「遅かったなって言いたいとこだが、間に合ったから許してやるよ。ラモラック」
「吹き飛ばすワイナァ!」

 長剣で黄泉の騎士にとどめを刺す軽装の騎士ラモラックに続き、巨漢の男が戦斧で暴風を巻き起こし、大蜘蛛を蹴散らした。
 僅かに残った蜘蛛や黄泉の騎士は、細身の女が丁寧に仕留めてゆく。流れるようにナイフを使って。

「お前ら、一体どういうことだよ! 盗賊だろ!?」
「いろいろ誤解があったってコトですわ、ガラハッド様。助けてあげてるんだからチャラにしなさい」

 敬語を混ぜて話しているのに、女盗賊の高飛車な態度は全く変わらない。
 黄泉の魔物を一掃すると、盗賊のふたりはラモラックだけに従うそぶりで膝をついた。剣を収めたラモラックは王の前でも膝を折らない。その態度をソニックは楽しげに眺めている。

「下で、こいつらが世話になったな。悪気は無かったんだぜ? 王様が荷馬車の上に乗ってくるなんぞ、考えられねぇからな。盗賊どもの言うコトを鵜呑みにしちまったのはオレだが、ココではこいつらがいねぇと治まらねぇ」
「パーシヴァルは? 無事にモルテン・マインへ着いたんだよな?」
「ご心配なく。ランスロット卿もご到着ですわ。もっとも、為すべきことは終わってしまったようですが」

 女盗賊の言葉に、ソニックとガラハッドは顔を見合わせた。
 レッドドラゴン退治は騎士の頭数をそろえてという約束になっていたのを、ふたりで鎮めてしまったのだ。ランスロットは怒るだろう。
 覆面を外した巨漢の男が人懐っこい目を細め豪快に笑って、大きな手のひらでガラハッドの額をぽんぽんと叩く。

「オマエ、騎士より聖人になった方がいいワイナ」
「…でかいの、オレは、父親のような騎士になりたかったんだ」
「ハァ!? やめろやめろ。あんな仏頂面がキャメロットの円卓に増えるのはゴメンだぜ」

 ラモラックと、ソニックもつられて爆笑しているというのに、ガラハッドは笑うことができなかった。
 それに気付いたソニックが改めてガラハッドに正面から目を向ける。

 ランスロットのような最強の騎士に憧れ、聖なる力を疎む理由。
 ガラハッドの出生の事情はランスロットから聞いていた。父である己に望まれて生まれた子ではなかったと。
 ソニックに、金色の瞳がまっすぐに問いかける。
 どうすれば、父に愛されるのか、と。

「キャメロットに戻ったら、真っ先に円卓の、オレの隣の椅子にガラハッドの名を刻む」
「なっ!? 危険の座だろ!アンタ、勝手にそんなこと決めて」
「いいんだ。そしたらわかるぜ。ランスロットがお前のことをどんな目でみてるか」

 前のアーサー王は、王の座る席の隣を王の存在を脅かす者の「危険の座」と呼び、誰にも決して座らせようとしなかった。
 けれど、ソニックが見た現象は、王座や国は力でねじ伏せるものではないと教えていた。ガラハッドが持つ祈りの力がこの国を、世界を変えてゆくと信じることができる。
 それこそ、ランスロットが認めるものだと、若き騎士にもいずれわかるだろう。

 風に混じり、下方より小石の落ちる音がする。
 急坂の下に目を向けたラモラックが「姉上」と叫び元気よく手を振った。白く眩しい甲冑を煤で汚しながら、坂を駆け上がってくる女騎士。苦しそうに表情をゆがめるのは、過剰な運動のせいだけではなく。

「姉上、モルテン・マインで待ってろって言っただろ? 姉上が男連れだと、余計な騒ぎが起こるんだぜ」
「うるさい、馬鹿弟が!」
「パーシヴァル、皆無事だったから怒るなよ」
「ソニック殿、何故私が怒るのか、察してください!」

 皆の前まで駆け上がってきた時には、パーシヴァルの大きな瞳からは幾筋もの涙が落ちていた。馬鹿、愚か者、そんな悪態が声にならない口元から零れる。
 予想外の展開に、ガラハッドが戸惑いながら、それでも心をこめて。

「心配掛けてごめん。パーシヴァル」

 そう告げると、パーシヴァルは大きく腕を開いてガラハッドに飛び込み、その勢いでソニックとラモラックも一緒に抱きついた。

「おい、ソニック、オレたちって姉上に愛されてる?」
「そーだなっ!女を泣かせりゃあ一人前の男だぜ、ガラハッド」
「…… フ レ イ ム ブ ル ガ シ」
「うわあ、やめろパーシ…!」

 騎士たちは、坂道を転げるように降りてゆく。

 山頂からは白い噴煙が花火のようにぽん、ぽん、と噴き上がり、そこに眠るドラゴンが寝言で笑ってるようだった。












おわり






2009.07.24
長い話におつきあい、ありがとうございました。
以前に書いた、タイタニックプレーンで鍛冶屋とガウェインが大騒ぎwwwの、続きのようなお話でした。
この次ってゆーと、ランスロットなんだけれども、…まあ、それはそのうち。


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