崩れやすい軽石を倒木で支えているだけの粗末な砦の上に、道中で見た盗賊たちよりは僅かにましな格好の兵士が数人。それだけで、疲弊した街の様子がわかる。

「我は円卓の騎士、パーシヴァルだ。王の命を受け、キャメロットより物資を届けに来た」

 顔を覆う冑を跳ね上げ、努めて穏やかに口上を告げると、砦の内に張り詰めていた緊張がプツリと切れる。歓声と鎖が巻きあげられる音、砦の大扉から飢えた民があふれ出てくる。
 民の縋る想いを全身で受け、パーシヴァルは朗々と言った。

「もう心配いらない。王は全ての民を守ってくださる」

 ザ・コルドロンから降りてきた民以外にも、周辺の村々から食い詰めた民がモルテン・マインへ集まってきている。全員平等に物資を配布しなければならない。混乱は必須だ。
 無用の諍いを避けるためにも、『円卓の騎士』がこの場を離れるわけにはいかない。

「さあ、荷馬車を広場へ運ぼう。慌てることはない、食糧は皆にあるからな。長たちを呼んでくれ」

 御者台を降りて、周囲の子供の手を取って歩き出す。子供らの丸い目が感謝と憧れをパーシヴァルに向けているが、彼女はそれがいたたまれなかった。
 この歓迎は、パーシヴァルひとりが受けるものではなかったのに。

 改めて、崩れかけた砦の上を見る。が、そこに彼女が求めていた姿はなかった。
 今ひとり、ここにいるはずの騎士の姿は、どこにも。






 ギィン!!

 ソニックは目前で重い剣戟を打ちかわす。
 切り立った崖にひと一人がようやく通れるような細い道、そこはソニックや円卓の騎士たちが馬を使わずにモルテン・マインやザ・コルドロンに入ることのできる抜け道だった。足を踏み外す危険が多いので、民や盗賊たちさえ通ることはない。
 なのに、真正面から激突しているその男は、軽装で覆面という盗賊スタイルでありながら、扱う長剣は恐ろしく鋭い。
 ソニックが勢いに押され下がるなど、ランスロットと戦って以来のことだ。相手の剣は速く、重く、正確に喉を狙って突いてくる。
 覆面の隙間から覗く眼が、憎悪を含んでいるのがわかる。

「なにモンだ? オマエ」
「お前こそ、盗賊? 義賊か?」
「ウルセェ! 荷馬車で連行中に逃げた極悪人ってオマエだろうが!」

 怒鳴って再び斬りこんでくる。横には避けられない、下がるにしても足場は悪く、姿勢を崩せばすかさず剣が追ってくる。見事な剣さばき。盗賊ではないのかもしれない。
 頭上に振り下ろされた剣を、かろうじて受け止める。カリバーンの刃がこぼれて火花が散った。

「Wait!! アレは積み荷を守るために上に乗ってただけで、罪人ってわけじゃ」
「黙れ! オレサマの縄張りに入ってきたゴミ野郎は、円卓の騎士の名誉にかけて、叩き斬ってやる!」
「円卓の騎士だって!?」

 こんな状況なのに、ソニックはつい笑ってしまう。強いはずだ。当たり前だ。
 手加減どころか本気で勝ちにいかなくては、こちらの命が取られてしまう。
 ジリジリと音を立てる刃の合わせ目に力を集中して押し返す。2合、3合と打ち合って、今度は余裕を持った距離まで離れる。集中は切らさない。なぜなら、相手の得意とするのは速攻だ。一瞬の隙も絶対に見逃せない。
 ちりり、相手の足もとの砂がなる。

「今だ、ソニック!」
「All-Right!」

 ソウルサージを発動させ、低めに飛んだ。驚きの視線を感じる。視線だけでもソニックのスピードについてくるのはさすがだ。一閃に薙いだカリバーンをギリギリのタイミングで受け流した。コイツは、面白い。
 サージを切って、本気のランジアタックを突き入れた。顔面をかすめたカリバーンの刃が、相手の顔にかかった覆面の布を引き裂く。
 現れたのは、鮮やかな緑色の羽毛に覆われた、見知った顔。

「チィッ!」
「お前、ジェット!…じゃなくて、誰だっけ?」
「ラモラックだ! ……んん? この前キャメロットで同じ名前に間違えられたな」
「それは、オレが間違えたんだ」

 はぁ、とため息をつきたくなる。
 互いにわからなかったはずだ。キャメロットで大勢の騎士と謁見する手前、ソニックはカリバーンの力を借りた黄金甲冑を身に着けていたし、ラモラックも鮮やかな全身甲冑を身につけ、礼儀正しい態度を取っていた。
 今みたいな、まるで軽装ではわかるわけがない。
 若干混乱しつつも、ラモラックからは納得できないオーラがメラメラしている。

「ウソつけ! アーサー王はテメェみてーな騎士道のキもわかんねぇよーなヒヨッコじゃねーよ!」
「…んだとぉ!」

 ソニックはカリバーンの束を折るほどの力で握りしめた。
 相変わらずヒヨッコと言われて逆上するあたり、どうしようもなく未熟者なのだが、ソニックのプチキレっぷりにカリバーンはいつもの憎まれ口を挟む余裕もない。

「カリバーン!真の姿を見せてやれ!」
「嫌だ!」
「誰が主人だ? 叩き折って谷底に捨てるぞ?」
「やれやれ。ちょっとだけだぞ」

 戦うでもなく、ギャラリーもたった一人なのに、自己紹介みたいにエクスカリバー化するのは面倒の極みだったが、ソニックのちょいS入ってるキレモードはもっと面倒だ。
 カリバーンが仮の姿からソニックの生命力を借りて真の姿へ転身すると、たったひとりのギャラリーからうめき声が漏れた。

「うっ…えええ!? マジで、お前、アーサー王?」

 へへん、と胸をそらしたソニックだが、直後、渓谷にラモラックの爆笑が響き渡った。












つづく







2009.07.23


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