純粋な魂は、闇の眷属にとって強い力の源となる。
「それでもまだキミの魂は輝いているのだな、ソニック」
シャドウは彼の閉じられた眼のふちからこぼれる涙を、口づけて吸った。
これで、忘れてしまえるはずだ。
彼は、人狼を引き寄せる餌にされ、大切な身内を殺してしまった悲しみの力で人狼を身の内に封じた。
狼が完全な休眠状態におかれているのは、未だ魂が輝きを保っているからなのだ。
罪人の印のせいではない。首筋に押された十字の焼印は、寄る辺を失くした子供を教会に縛り付け、思い通りに操るための口実だ。
弱みを握って獣憑きを飼う理由は二つ。
常人よりも遥かに強靭なので兵士に仕立てやすいこと。
そして、成長につれ、秘めた魔力により性的な魅力が増してゆくことか。余程のことがなければ生かしておくだろう。
人狼は彼の死とともに死ぬし、いざという時、人狼が目覚めそうになったら、器ごと殺してしまえばいい。
聡い子供だった彼は、教会に縛られているという自分の失敗に気付いているようだし、今はその力を利用して、自由を得ようとさえしている。
ただ、この狼の力と焼印は、一生彼を縛り付けるだろう。
ソニックを救ってやること…シャドウならば、人狼の力をねじ伏せられないこともないけれど。
「だけど。このまま静穏に、元の世界へ戻してやる方が良いだろう? マリア」
問いかける虚空は応えない。
が、何故か、マリアが苦笑するような、焦げた菓子の香りが漂った。
長い悪夢の時間が終わり、腕の中でそれは意識を取り戻した。
疲労で足が崩れそうになり、シャドウをかき抱くように支えにして立ち、硬直して冷えた身体を押しつけてくる。
「吸血鬼の体って、冷たくないんだな」
場違いなほど、安心しきっている。
先ほどまでとは変わり、警戒を解いてシャドウの胸にすり寄って甘えてくる。
こんな風に誰かの肌が密着したのは何十年前のことだろうか。本能が欲しいと叫ぶが、気付かないふりをする。
マリアとは違う、けれど、優しく甘い匂いがする。この者の魂の匂いだ。
シャドウはその香りをそっと吸う。飢えを満たすように。
「あの女の子はどうなったんだ?なんで今ここにいないんだ?」
胸の中で、泣いてしまいそうな声で尋ねられる。何故マリアのことをこの者が話すのか、術をかけた時のことを思い出す、あの視界がふわりと浮いたような感覚。
ふと見つめた彼の碧の瞳に、シャドウの赤い瞳が鏡のように映る。
「そうか。キミの中に眠っている血の力が、ボクの過去夢を反射したんだな」
「な、何言ってるんだ? マリアはいったいどこへ」
「死んだ」
死んだのだ。マリアは。シャドウが死ぬはずの銃弾を受けて。
消えない、消せない、絶対に忘れられない記憶。
もう、二度と、同じことは繰り返さない。
全てを断ち切るように、手の中のそれを解放した。喉の渇きは回復しないが、この血を吸ってしまえば絶対に手放せなくなるだろう。また繰り返してしまう。
シャドウは彼を、ソニックを救いはしない。
だから、早く、一刻も早く、
「帰れ。二度とここへ来るな」
初めから通り過ぎるだけだった。ならば早く去れ。
そしてどこか遠く離れた場所で、それなりの幸せを得ればいい。瞳の輝きを失くすことがなければ、彼にはそれが可能だろう。
一抹の不安を感じながら突き放す。
背に好意的な視線を受けながら、逃げている己を自覚する。このまま別れてしまえば、何も起こらない。
「やさしいじゃないか、シャドウ」
かけられた言葉にも、素直にはなれない。
同じように、マリアも言っていたけれど、素直に聞けたことは無かった。
ただ、身勝手なだけなのだ。
逃げるように、月影が落としたステンドグラスの青い影に滑り込む。
近づく血の臭気…
助けを叫ぶ子どもの悲鳴にも耳を塞ぎながら。
つづく
2009.06.24
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