満月の夜。
涙を流す両親と引き裂かれ、幼いソニックは教会にひとり残された。
祭壇に、身動きできないほどきつく、手かせ足かせを付けられ、日曜礼拝では聞いたことのない祈りの合唱を聞く。
美しく敬虔な、しかし神の権威に盲目な女司祭が、なだめるようにソニックの頬を撫でていた。
「あなたにしかできないことですよ。あなたがこの街を救うのです」
一見、慈悲に満ちた笑みだが、ソニックにはそれが邪悪だと解ってしまう。ようやく邪魔な子供を料理できる、そんな歪んだ悦びが見て取れる。
身をよじって逃げ出そうとするけれど、それが成功することはない。
「おとなしくなさい。今、死にたくなければ」
銀のナイフが閃いてソニックの胸の皮を薄く裂いた。祭壇の上に赤く細い流れを作る。痛みよりもその赤に驚いて、暴れることを忘れ、少し泣いた。満足げに司祭が笑う。
「すべてが終わったら、再び私のもとへ来なさい」
言って歩み去る彼女が手にしていたのは、罪人に押しつける呪縛の焼印。
あなたを救えるのは、教会だけ、私だけなのですよ。
子守唄のように唱えて。
そして、だれもいなくなった。
「あーあ! いけにえの子ども、なんて、つまらないものに選ばれちまったなあ」
自棄にならずにはいられなかった。
他人より少し聡い子どもだったソニックには、物事の善悪や、ほんの少しだけ未来が予想できた。神の力、なんて言われたが、そんなモノではなくて、よく考えればわかる程度のことだ。
けれど、おとなたちはうるさく騒ぎすぎた。天の声を聞けると、ソニックの両親は誉れにしてくれたが、教会の司祭さまにはとっても不都合だったらしい。神の子など不要なのだ。
だから、魔物を封じるいけにえにソニックが必要だと言われれば、両親には逆らうことなどできなかった。逆らえば、街ごと教会の抱える兵士に潰されるのは目に見えている。
その魔物だって、教会が飼っている生き物だとソニックは知っていたけれど。
女司祭の祈りは呪詛に似ていた。美味しいエサがあるぞ、出てこい、と、闇に向けて呼んでいた。
だから、
ほら、すぐそこに来ている。
バリン
祭壇の上にある丸いステンドグラスが砕けて、きらきらと尖った雨が降る。
月光を浴びて、黒い塊が、ソニックの胸の血をめがけて飛び降りてきた。
犬よりははるかに大きな獣。四つ足のように見えて、頭の部分には正面を向いた眼がヒトのようだった。人狼だ。
鋭い牙に生臭いよだれをしたたらせて、ソニックの喉元に喰らいつく。
その時、父母に別れを告げたのだ…
さよなら、と。
生きることを諦めた。だから、ソニックはその時、確かに死んだのだ。
なのに、次に目覚めることがあるとは思っていなかった。
灯りの消えた家は、自分の安らぐ場所ではなく、よそよそしく拒絶しているようだった。
ソニックの小さな体は、獣のようにザラザラした毛で全身が覆われていて、口には尖った牙がずらりと並び、そして、腕の先…
返し刃のついたナイフみたいな爪は、ソニックの父の喉を裂き、母の胸を背を貫くまで刺していた。
何故こんなことになったのか、わからない。
わからなくても、満月はどこまでも青白く、現実を映し出す。
涙は、獣の遠吠えになっていた。
つづく
2009.06.23
--- もどる ---