ついさっきまで、明るい陽光で満ちていたのに、見上げた空には赤みがかった丸い月が、薄雲の空にぬるい明りを撒いている。
 幻術が心地よかったせいだろうか。
 時が経ち過ぎた。強く舌打ちする。

 十字軍は逃亡者に厳しい罰を与える。半日も無断で隊を離れていては、厳しい仕置きがあるだろう。早く釈明しなければ、追放されてしまうかもしれない。

 月の位置から町の方角へおおよその見当をつけて歩き出すと、昼間抜けてきた森からガチャガチャと鎧がぶつかる音が聞こえてきた。
 追手か、ただの探索か?
 逃げるか留まるか迷ったが、今は追放されることの方がソニックにとって不利益だと思ったので、結局その場に立ち尽くした。

 森の中の奴らが、一瞬静まってから飛び出してくる。


「ソニック、…貴様こんなところで何をしている?」
「Sorry. 探検してたら道に迷っちまってさ」


 険のある態度に状況のまずさを感じつつ、相手の様子を確かめる。聖騎士が10人近い。それぞれ手にした剣からは鉄錆た臭いのするものが滴り落ちている。

「先程、森の中でコソコソしていた異教徒のガキがお前に助けられたと言っていたが」

 さっきの子どもたち…隠れきれず殺されたか。運のないことだ。ソニックにとっても運がない。

「…反逆だな。逃亡行為も加えて厳罰に処す」
「Wait! オレに反逆の意思があれば、とっとと走って逃げてるさ。本当にちょっと遊んでただけで」
「貴様の勝手気ままな振る舞いを許されていたその理由、知らぬわけではないだろう?…呪われた血を持つ親殺しが便利に使われていただけのこと」

 呪われた血、親殺し。

 その言葉に、ソニックの脳裏に鮮やかな記憶が駆けた。
 今よりずっと背が低く幼かった頃…。狼の毛に覆われた体は自身の意思で制御できず、指先の爪は鋭利な刃物になり、父と母の血で腕までぬめっていた。臭気までも生々しくよみがえる。
 さっき、吸血鬼と少女の夢を見ていたとき、同時にこの夢を見ていた気がする。
 そう、ソニックの血には狼化する呪いが掛かっている。その罪を隠し、呪いを封じ神に奉じるために兵士として従軍していたというのに。

 動揺は隠しきれない。ならば、相手を油断させる手段にするしかない。


「バレてるんなら仕方ないな。こんなところでしくじるオレがバカだった」
「やけに物分かりがいいな。お前の呪われた血、我らが神にささげてやろう」

 聖騎士たちの剣が戦闘の位置に上がる。どんな抵抗も跳ね返す数に余裕が相手にはある。ただの逃亡者に大げさな人数だ。対して、剣を教会の中で落としてきてしまったらしいソニックには、正面から対抗する術がない。

 この様子、彼らは最初からソニックを殺すために後を追ってきたようにしか思えなくなった。確かに聖騎士たちの言うとおり勝手気ままに振舞っていたから、知らないうちに誰かの恨みを買ってたのかもしれない。

「なあ、聞いておきたいんだが。オレを殺すように命じたのって誰だ?」
「察しがいいな。…司祭殿だ。機嫌を損ねただろう?」
「ああ!あのエロ尼女か!オレはかわいい女の子専門だから、ババァなんか抱けないって言ったのが余程ご不興だったんだな」

 軽口を叩きながら逃走ルートを窺う。森に逃げ込むよりは、聖騎士を蹴散らして荒野を駆けた方がいい。しかし、一般兵ならともかく聖騎士から逃げ切るには、あまりにソニックの弱点がバレすぎている。判断を迷えばそれだけ逃げられなくなる。

 腹をくくって聖騎士に向かって飛びかかった。次々と体当たりを食らわせ、振り下ろされる剣の間をすり抜ける。早口で神へ祈りの言葉が唱えられているが、全力で走れば声の届かないところへ逃げ切れる。

 その時、ふと森へ視線を向けてしまった。
 小さな…子どもらしき骸が折り重なって積んである。
 かわいそうに。そう、思考が傾いた一瞬だった。木立に紛れた一つの影に気付くのが遅れてしまった。祈りの言葉が完成してしまう。


「神の御印よ、邪悪なる者を戒る鉄槌となれ!」


 ソニックの首の後ろ側に向け閃光が走る。そこに付けられた罪人の証し、十字傷に向けて。










つづく






2009.06.16


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