曇りのない透明なガラス越しに中を覗くと、金色の髪の少女が子供たちと聖歌を歌っているのが見えた。笑い声も混じる。
のどかで、平和な、小さな村の小さな幸せの光景。
ソニックが望んで得られなかった、悲しいほど幸せな…。
少女がソニックに気付いて微笑む。頬を薔薇色に染めて。幸福いっぱいに笑う。
「だあれ?またあなたでしょう?入っていらっしゃいよ、シャドウ」
…また、とはどういう意味だ?
まるで恋人に会えたような微笑みを向ける少女。
シャドウとは、吸血鬼なのか?胸が高鳴る。体中の血が沸騰したかのような熱がソニックを包んだ。意識が呑みこまれそうになる。
「くっ…ヤバい、喰われる!」
ソニックは慌てて窓から離れた。
薬切れのジャンキーみたいに、ふわふわと身体の軸が定まらない。ずきん、ずきん、鼓動に合わせて頭痛がして、早くなる呼吸も抑えられない。重くなった足で2,3歩後ずさる。
深呼吸をしばらく繰り返して、やっとの思いで心を落ち着かせることができた。
これは、吸血鬼が魅せる幻覚に違いない。
改めて剣を握り直し、教会の正面に回り込むと、扉に手を掛けて勢いよく手前に引く。今度は魔力を意識して開いたためか、中の様子は窓から覗いた時とがらりと変わっていた。
「なんだ。ちっぽけな教会じゃないか」
ひとつ息を吐いて、ソニックは建物の中に入り込んだ。
窓は薄汚れ、床は歩くたびに軋みをあげ埃が舞う。祭壇には神像の一つもなく、オルガンは黄ばんだ鍵盤を空に晒したまま。
白い壁に、青い模様が浮かんでいる。それは光の軌跡で、上方に視線を移すと不思議な模様のステンドグラスが天窓に埋められているのがわかる。
教会には似つかわしくない、夜と、月の模様。
「久しぶりの客だと思ったら、キミからは随分酷い死臭がする」
「なっ!?」
突然かかった声に、ソニックはあわてて振り返る。
全身から緊張の汗が噴き出した。
気配などどこにもなかった。
なのに、ステンドグラスの影の下、祭壇の前に黒い人影がいる。
赤い瞳。
恐怖を上回る興奮が体中を駆け巡る。
危険を悟りながらも、その眼が美しくて、とてもそらすことなどできない。
ソニックは再び術中に堕ちてゆくのを自覚した。
つづく
2009.06.13
--- もどる ---