金の砂子を撒くように、銀の砂子を撒くように (七夕編)





 しとしとと降り続く梅雨の長雨に都中がずぶ濡れて、気持ちまで水を吸った衣のように重くなっている。

 物忌みで三日も陰陽寮にこもってしまえば、次から次へと「日照り乞い」を頼む者が影霧…シャドウを訪れるので、遊び相手を失くしたソニックは退屈で仕方がない。


 主であるシャドウの目を盗んで、ふらりと御所へ出かける。

 ぬかるんだ泥道で衣を汚さないように建物の屋根を伝って走れば、庭園にある笹林のはずれで裳着(もぎ)も終えていない童女が一生懸命に竹を折ろうとしているのが目に入った。

 暇つぶしの遊びのついで。

 どうせ姿は見えないだろうと、童女が竹をしならせた時にソニックが手を添えた。細竹は、ぱき、と瑞々しい音を立てる。
 童女は驚いてあたりを見回した。すぐそばに立ってるソニックには気付かない。

 けれども。
 水色がかった雨滴が童女の指先に集い、虹色を伴ってソニックに注がれると、ほんの少しの重さを伴って、ソニックは童女の前にすっかり姿を現してしまった。

「あ、やっぱり。あなたが手伝ってくださったんですネ?ありがとうございます!」
「驚いたな。キミは水を操れるのかい?」
「イイエ。この子たちはオトモダチなんです」

 楽しそうに踊る水滴に、童女は幸せな笑みを向ける。
 今、この都で一番の笑顔の持ち主に会えた。
 ソニックも俄然楽しくなってくる。水滴と一緒に風を踊らせ巻き上げると、さらさらと笹の葉が揺れ遊ぶ。

「あなたはだあれ? 風の神様ですか?」
「んー、そうだった時もあったけど、今はお化けみたいなモンだ」
「ぜんぜん怖くありません。お手伝いしてくださったんだもの。そうだ、お礼をさせてください!」

 童女は折れた笹の端を肩に担ぐと、先の葉を引き摺らせながら屋敷の中へ駆けてゆく。途中、振り返ってソニックを招くように手を振った。

 このままついていくと、後でシャドウが怒りそうな予感がしたが、彼の使命は都を守ること、すなわち童女の笑顔も守ってやっていいだろう。そう曲解することにした。





 山と積まれていた依頼を几帳面にこなすと、湿った空気が達成感まで重くして。影霧は俯き加減で雨滴の吹き込む廊下を渡ってゆく。

 ふと、庭に下りるきざはしに、使役の子鬼が座っているのが見える。
 風を伝って響く口笛は、貴族の娘が幼いころによく歌うものだった。そう、鞠姫もよくその歌を影霧に聞かせてくれた。
 懐かしさに、疲れを忘れる。

「今日はどこへ行っていた」

 影霧が声をかけると、使役の子鬼、ソニックは色鮮やかな短冊が下がった笹を、目の前に高く掲げてニヤリと笑う。

「雲切り、しようぜ!」
「…日照り乞いは主上の裁可がなければ」
「今夜が何の日か、お前忘れてないか?」

 陰陽師が暦を忘れるわけがない。今宵は七夕だ。
 陰陽寮にいてはよく聞こえないけれど、御所や貴族の屋敷では賑やかな宴が催されているだろう。雨模様だけが無粋といえばそうなのだが。
 日照り乞いとなると、天の気まで動かす大仕掛けになってしまうが、使役の力を借りた雲切り程度なら影霧ひとりでも難しい術ではない。

「わかった。…ひとつ、聞く。その笹飾りは?」
「名前聞くの忘れたなあ…小さな女の子と一緒に願い事をしたんだ」
「短冊には何も書かれていないようだが」

 影霧の問いをよそに、ソニックは手にした笹飾りを中心に風を巻き起こし始めた。
 口笛は、彼特有の言葉に変えて優しく謡われる。

 ♪Twinkle there, Twinkle here... It shines stars!

 影霧の手が、笹を持つソニックの手を支えるように合わさると、風の力は勢いよく空へ駆け上がる。
 つむじ風よりは強く、竜巻よりずっと優しく、雨滴を巻きあげ、重い雲を散らし。

 やがて、明るい闇に金銀の砂子を撒いた空が現れる。


 さらさら、さら。


 笹飾りが微風に揺れて、その様は、暗闇に慣れた瞳に鮮やかに見えた。
 雲切りは巧くできたようだ。

「Thank you, Shadow... Thank you...」

 さらさらと、笹の葉が影霧の耳元で鳴って、柔らかな風に抱きしめられた。
 触れあうと直感が彼の思いを告げてくる。
 彼の、ソニックの願いは…。

「…僕にもキミが必要だ。だから、そばにいろよ、ソニック」
「Yes sir, I'm yours.」

 表情がよく見えないというのも時にはいい。こんな顔はソニックには見せられない、と、影霧は思う。



 ちらちら瞬く星たちが、ふたりの願いを聞き届けるかは、まだ先の話。









2009.07.07
栗姫ちゃん、出ちゃったwww
きっとソニックは栗姫ちゃんと約束したんだよ。七夕の夜は星空にするよ、って。

◇BLUE‐BLACK◆ popocoさんちの七夕限定トップ絵があまりにもツボだったんで、書いてしまったwww
いつも書かせてくださってありがとうございます。感謝。












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