虹の往く方
「おとうさん、おかあさん!ソーマがきたよ!」
下の娘が息を弾ませてドアを開け放つ。
ポポが星見台から覗くと、上の息子が旅人の手を引いていた。背の高いその男の手には、もとはポポのものだった琥珀のビンがある。
「やあ、ソーマ!樹液集め、手伝ってくれたんだよね。ありがとう」
もともと言葉数は少ないから、返事を期待したわけではないけれど、優しくなった眼差しを向けられると、ポポは安堵のため息を漏らした。
「ねえねえソーマ、今度はどこに行ってきたの?」
「たびのおはなし、きかせて!」
子供たちは嬉しがってソーマのそばから離れない。
旅人が訪れることはよくある家だけれど、ソーマの話は子供たちにとてもウケがいいのだ。
「あなたたち、せめてソーマを座らせてあげて。
お天気がいいからお洗濯を手伝ってくれるんじゃなかったの?
ソーマ、あなた朝ごはんは?そのコート、埃だらけよ。ついでに洗濯しましょうか?」
食卓に花粉ダンゴを並べながら、てきぱきと子供たちをあしらうパム。
「・・・世話焼きかあさん」
ポポが呟いて、ソーマが吹き出す。
あの頃からは思いも寄らない。パムは随分気の利くおかあさんになっていた。
「悪いが今日はすぐに発ちたいんだ。ポポ、10日ほど付き合えないか?」
おとうさんだけずるい、と騒ぐ子供たちを抑えて、何かあったのかと問うたのはパム。
「南の森で火事が続いてるんだ。この季節は雨が降るはずなんだが、一昨年、水源の上に移り住んだ森の民が木を植えた影響が今頃出てきた」
「火事?ぼくの水玉?」
ソーマが頷く。
「南の森へ行くのなら、20日近くかかるはずでしょう?」
「街道を通れば。そんな悠長なことは言っていられない。真直ぐ南へ向かって渓谷を越える」
旅慣れたソーマも好んで通る場所ではない。けれど、かつてともに旅をしたポポなら一緒に越えられるはずだ。
「それなら早く旅装を整えて、ポポ。ビビたちに知らせて船が使えるようにお願いしてくるわ。ソーマ、あなたも待ってる間くらい休んでいって」
「・・・世話焼きかあさん」
今度はソーマが呟いて笑った。子供たちも笑った。
「行ってくるね。パム、留守をたのんだよ!」
子供たちが大きく手を振って盛大に見送ってくれる。
近くの川まで行けば、この森に居ついたサーカス団の3人が川を下る船を用意してくれている。
「急ごう、ソーマ。早く南の森へ行こう」
久しぶりの旅。
気が急くポポに、ソーマはあの頃みたいに挑むような笑みを見せた。
2へ続く。
2006.04.15