強くなりたい。
たくさんのものを守れるように。
いや、たったひとつ。
たったひとつでもいい。
守るものと、守れるだけの力が欲しい。


Little Kitten -3


 何がきっかけでキトンがいなくなったのか。
 焦って街に飛び出していきたいのを押さえて、昨日キトンが何を見ていたのかを思い出す。
 テレビとネットのニュース。特にコーディネイターに対するテロの予告は無かった。それをにおわせるような文面も。
 それ以外に、何か…
 その時、いきなり窓ガラスが割られて、部屋の中に破砕弾が投げ込まれた。
とっさにテーブルを蹴倒して身を隠してみたが、壁が崩れるほどの衝撃に耐え切れず、暫く気を失って。
 次に気付いた時に見えたのは、黒髪のほっとした顔だった。
 俺も擦過傷だらけだったが、黒髪も何故かあちこちに傷を負っている。
「君だけでも無事でよかった」
 その言い方から、黒髪はキトンの行き先を知っていると判る。しかも、もっと酷い目にあっている可能性を指している。
「行き先、教えてくれ!あいつの…どうして!?」
 言いたいこと、聞きたいこと、混乱して上手くいえなかったが、黒髪にはちゃんと伝わって、悔しそうに拳を握り締めている。
「この街の、プラントが持ってる企業の特別研究棟だと思う。あの子はそこの主任の娘で、開発された技術が兵器に応用できることが公表されてから主任が殺されてデータが盗まれた。でもその鍵になるパスを持ってるのがあの子で、生きたままであの子にパスを言わせようとしているブルーコスモスと、殺してデータの保全を図ろうとするザフトが…」
「どっちにろ…ブルーコスモスに掴まったって、最後は殺されるんだろ?アイツはコーディネイターだから」
 黒髪がこくりと頷く。
「研究棟にはまだ兵器に応用可能なデータが残っているらしい。あの子はそれを消しに行った。昨日と今朝のネットに流れた広告に、殺された主任研究者の名前とデータのタイトルだけが載っていた。何の合図かはハッキリしないが、今朝の広告の発信先住所はここになってて、襲撃の対象になったんだろう」
「その広告があいつをおびき出す合図だったってワケか。…くそ。なんであいつ一人で…」
 悔しくて、強く奥歯をかみ締める。そんな俺に、黒髪が場違いな風にふっと笑う。
「それは、君が大切な人だからでしょう?君を巻き込みたくなかったんだ」
「知るか!…助けに行ってくる。お前はどうするんだ?」
「僕は、人を集めてブルーコスモスとザフトを押さえる。間に合えばいいけど…ね」
 一緒にアパートを飛び出しながら、黒髪が俺に「気をつけて」と言った。
 お前も、と言いかけて、止める。その代わりに。
「マルキオも気をつけろよ」
 そう声をかけると、こんなときなのに、マルキオは嬉しそうに笑った。

 メッセンジャーのバイトをしていたときに何度か来た場所。この街で一番大きな企業の警戒が厳重なはずの研究棟。なのに、今はセキュリティシステムは破壊されていて、ゲート付近にはガードマンや研究者の死体がいくつも転がっている。
 棟内から低く響く破壊音。
 非常階段を見つけて、足音をさせないように裸足で駆け上がる。
 途中、何度も爆発音がしたが、それは一定の場所ではなく適当にぶちかましてるようだった。
 ということは、まだ問題のデータは見つかっていない。キトンも無事かもしれない。
 研究棟のマップを予測しながら、研究室のドアをかたっぱしから探していく。
 そして、ようやく見つけたのは隠し部屋、牢獄のような陰気な部屋だった。
 今まで覗いた部屋は電源が飛んで物音ひとつしなかったのに、その部屋だけは冷却ファンの音が小さく響いている。
「キトン?」
 呼びかけると、驚いた悲鳴が聞こえる。そこに、いる。
「よかった…守りに来たよ。子猫ちゃん」
 檻の向こう側、大きなデスクの影からひょいとキトンが覗く。嬉しそうに笑って、何故か泣いている。
「まだ来ないでね。今から、ここのデータを全部消すから」
 言われて、静かに息を潜めて待つ。他の、キトンを狙っている連中が来ないことを祈りながら。
「あのね。コーディネイターって、早熟なの。特に、女の子だもん。私、あなたが好きだった。とっても」
 涙ながらに、いきなり告白されてしまう。
 5歳の子供に?アコガレみたいなもんだろう。
「そーゆーことは、もうちょっと大人になってから言ってくれよ。その方が嬉しいけど」
 照れて、ちょっと困ってに答えると、キトンはがっかりしたように少し笑った。
「ごめんなさい。ダメなの。ここのシステムは私の脳波と直結させてるの。だから、もうお別れ」
「え?」
 キトンの言葉の意味を飲み込んだとき、部屋の中の電源が少しずつ落ちはじめた。
 静けさが迫り始める。
「おい、待てよ!何で、そんなことしたんだ!?止めろ、今すぐ止めろ!」
「最初からそうだったの。兵器開発プロジェクトには特化された私の頭脳が1年前から関与してるの。混乱の原因は私で、生きている限り争いを呼んでしまうの。…コーディネイターって道具みたいに使われることもあるのよ。私が消えることがここの研究の終わり」
「コーディネイターだって人間だろ?道具なんかじゃない!だから…くそ、どうやってそっちに行くんだよ!?」
 鉄柵の前まで来て、簡単なバリケードを動かすと小さな扉がついている。が、開かない。
「ここのシステムが止まったら、ロックも全部解除されるわ。そしたら、来て」
 部屋がどんどん静かになってくる。
 鉄柵にしがみついて、キトンを呼ぶ。
「あなたは生きて。必ず生きて。今まで私の生に意味は無かったの。意味をくれたあなたは、生きなくてはならないわ」
 ただキトンを呼ぶことしかできなかった。
 止められなくて、無力で、生きて欲しいと願って。
「私、家族が欲しかった。私のことを愛してくれる人。ありがとう。さよなら。ムウ」
 バチンと大きな音がした。

 部屋中が沈黙した。
 鉄柵に付いた小さな扉を開けると、その奥は本当に機械の牢獄だった。
 綺麗な子供。
 俺とよく似た小さな子供が機械に囲まれて寝転がっている。
 小さな頭に貼りついているヘッドギアを取っ払う。
 涙で濡れた顔は何の反応も示さなかった。呼吸もなく、鼓動もなく。
 抱きしめた身体はまだ温かいのに。
 金色の巻き毛を指でもてあそぶ。


 キトンを抱いて放心していた俺を、施設のマルキオの仲間が見つけだすまでの間、どれくらいの時間が経っていたのか。外で何が起こっていたのか。何にも分からなかった。


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