風の吹く屋根の上。空の色。空の青。二人、同じ瞳の色。
「きれいだな」
 そう言うと、
「あなたも同じよ」
 そう言った。


Little Kitten -2


 遺伝子操作された者達には定番の『型』があって、金の髪と青い瞳、白い肌と整った顔立ちはいつの時代もそれなりに多い。つまりは、俺とキトンもそうなのだろう。
 きょうだいだと主張してもそう疑われることも無かった。
 数日一緒に過ごしても、キトンは一向に慣れてくれない。警戒を解かない。捕まえてきた野良猫みたいだった。
 全然喋らない。食事もほとんど食べない。まあ、全く食べないわけではなくて、質素すぎるのが悪いのか…まあ贅沢は言わせられないので仕方が無い。
 俺が眠っている間に逃げ出すんじゃないか?と最初は見張るような気持ちだったが、逃げ出そうという気もない感じだった。
 とにかく、キトンは自分ひとりだけが世界中の不幸を背負っているようで、見ていられなかった。

 10日程、平行線のままで過ごして、先に耐え切れなくなったのは俺だった。
 きっと、一番指摘されたくなかったことを言った。言わずにはいられなかった。
「おまえ、コーディネイターだろ?」
 キトンはびっくりしたように目を見張る。
「ただの4・5歳の子供じゃないってことくらい、一緒にいれば判るんだよ。喋らないのも正体バレるとマズいからだろ?かしこ過ぎるんだよ。でも、そんなのは辛いだろ?…俺にくらい気を許せよ」
 ほんの少し迷って、意を決して俺を真正面から向かい合うキトン。今まで何を言っても無関心を装ってたのに。
「フラガ家って、コーディネイターの家でしょう?だから解ったの?」
 やっぱり知ってたのか、俺のことも。かしこさに少し嬉しくなる。
「…名前だけだよ。フラガ、なんて」
「気になってたの。どうして自分には価値が無いみたいな言い方をするの?」
「俺はナチュラル…というか、コーディネイターの資質を持たずに生まれた。だから親だけじゃなくて、親族にも疎まれてる。戸籍もね…実子じゃないんだ」
「実子じゃないって、でもあなたはフラガ家の血筋に見えるわよ」
「実子だったんだけどね。一度養子に出されてまた縁組したってことになってて。一見養子。他人の子扱い。いろいろ大変だったの」
 今までのことを『いろいろ』で片付けた。
 何も話さないキトンにも『いろいろ』あったはずで、だからこんなに頑なになってしまったのだろう。その全てを理解することはできなくても、同情することは、俺にはできる。そう思った。
 家も、親も、生まれてきた子供には選ぶことなんてできないんだから。
 キトンのきつく睨みつける目がほんの少し潤んだ。
「どうして、私の名前を聞いたの?マルキオのことは名前じゃなくて『黒髪』って呼ぶのに」
「俺の親は…あまり俺のこと構ってくれた人じゃなかったけど、それでも名前を呼んでくれたんだ。今思うと…名前を呼ぶって重要なことだよなぁ」
 いきなり飛んだ話にキトンは小首をかしげる。
「きょうだいも、いいなぁって。だから名前を聞いた。あいつを『黒髪』って呼ぶのは、今はまだ俺が全然対等じゃないからだ」
「よくわかんないわ」
「うん。でも、少しは俺に興味持ってくれた?」
 キトンは頬を赤く染めて、俯いた。子供だけど、女の子なんだなぁと思うと、俺も少し照れた。
「きょうだい、やってくれる?」
「…嫌。護衛なんでしょ?あなた、私の」
 俯いたまま、つっけんどんに言い放った。なかなか手ごわい子猫ちゃん。
 それでも、その時以来、話をしてくれるようになっただけでもかなりマシかもしれない。

 預かってた生活費にはまだ余裕があったけど、いつまでこの状態が続くのか想像もつかなかったから、バイトで小銭を稼いだりもした。
 この街を治めているのはプラントに本拠地を構えるコーディネイターの企業で、工業製品で手広く儲けているような、割と優良なところらしくて、街自体もそれなりに潤っている。子供が仕事をしようとしても、それなりに稼げてしまう。
 昔、父親がよく利用していたメッセンジャーの仕事(ネットで情報をやりとりするとどこで漏れるか解らないので、重要なデータは今もディスクで送られる)が主なバイトだった。施設から拝借してきた自転車を最大限に利用して、キトンも後ろに乗っけて、一緒に街中を走り回った。
 最初は外に出ることさえも戸惑っていたキトンも、少しずつ街に慣れて。少しずつ俺に慣れて。
 本当にきょうだいのように見えるので、親を亡くしたきょうだいがそれなりに楽しく生きている、なんて勝手に境遇を作ったりもした。
 キトンが話すのはいつまでも俺一人だけだったが、それも俺には心地よかった。心を許してもらってる、そんな気がして嬉しかった。

 何気ない日々が過ぎて。
 こんな日々がいつまでも続くような気がしていた。
 キトンがそのことを聞くまでは。
 二人で上がったアパートの屋根の上で、ぽつりとキトンが聞いた。
「あなたは、いつまで私とここにこうしているつもりなの?」
 もっと大きな、しなければならないことがあったのかもしれない。
 でも、小さな小さな、キトンと一緒にいられるこの生活を守れたらいいと、そう思っていたのも本当で。
 初めてキトンが笑った。
 でもその笑みはどこか寂しかった。
「大切な人なんて、私にはいらないの。ごめんね」

 どこかおかしいと判ったから、とても気にしていたのに。
 キトンの手を離さないように、強く握っていたはずなのに。
 次の日、ほんの僅かの隙に、いなくなってしまった。
 子猫は逃げ出してしまった。


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