Do anything?



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3人に続いて食堂から出たエヴァン。
いつもの明るい日差しの村を見渡して、大きく息を吐く。
昨夜の光景とはあまりにも違う。
足は広場に向かって動き出す。

泉の前にはいつも通りウルクが釣り糸を垂れ、今日は珍しくミャムがその横に座っている。
エヴァンの姿を目ざとく見つけたミャムが大きく手を振る。
「エヴァーン!お話終わったの?」
「まあな。…今日はオサンポ行かないのか?」
「うん。ウルクの釣りを見てるのっ!」

視線を移した泉の中に、エヴァンは昨日のルティナを探してしまう。
赤い泉の中でルティナが話したことは、嘘でも夢でもなく真実の情景なのだろうと思うと、何かをしてやりたいと思っても、何もできないような気がして、途方にくれる。

「どうかしたのか?」
黙り込んだエヴァンにウルクが不思議そうに問う。
昨夜、泉の中で結構暴れたかも?と慌ててしまうエヴァン。
「あ、いや。…泉の様子、昨日と違ってたりしないか?」
「うむ、少しな」
「どう違う?」
「水が、少々淀んでいるが、その方が好きな魚もいるだろう」
「ふぅん…」
一瞬ドキリとしたが、淡々と答えられて安堵する。

「あのさ、ミャム、ウルク。ノーチス軍がハズマに戦争しかけた時って、戦ったのか?」
エヴァンが問うと、二人は顔を見合わせて、目を丸くする。
「…争いの種を蒔いたのは、ハズマなのだぞ?知らぬのか?」
「え?そうだったっけ…」
「うん、あたしもおばあちゃんから聞いたよ。学校でもそう習ったよ」
「おれ…勉強嫌いでサボってばっかでさあ…」
正直に言うと、ミャムが小さく笑う。
ウルクは釣竿を足元の地面に突き立てて、釣りを中断する。

「昔、ハズマの民は土地を移動して生活をする、放浪する民だったのだ。今のハズマが国になったのは、その土地が移動を必要としないほど肥えた土地だったからで、元はノーチスの者の土地だった。最初に奪ったのはハズマの民なのだと言われている」

「放浪することを忘れた民は、そこを奪い返されぬように戦う。延々と繰り返された戦いはここ数年激しさを増していた。精霊暴走が始まり、新たな武器が生まれ、アルカダも勢力に加わり…終わる気配すらもなかったのだ」

「ウルクも、戦ったのか?」
「うむ…」
「…」

そこでウルクは思考の淵に沈みこんでしまって、これ以上の話は聞けそうにない。

「ミャムも…戦った?」
ミャムは体を小さく振るわせる。表情も硬くこわばってる。

「うん」
小さな声で、答えるミャム。

「一度だけ。あたしは、自分の村を守りたかったの」

「戦いが終わってから、ノーチスの軍隊がいた所に行ったの。みんな死んじゃってたけど、その時は何とも思わなかった…」

「ノーチスの軍人さんがたくさん死んでたのに、あたし、何もしないで帰ってきちゃったの。埋葬とか、お祈りとか…今だったら絶対にするのに、その時は何もしないで帰ってきちゃったの」

ミャムの瞳は昨夜のルティナの瞳と同じ。
救いを求めてすがりつくような、そして、あきらめたような瞳。

「エヴァン、怒った?キライになった?あたし、今、怖いよ。だって、あの時は何も考えずに人に矢を向けちゃったんだよ。それが、当たり前みたいになってたんだよ?もう…もうその人たちに、ごめんなさいも言えないの…」

「ミャム…怒ってないし、キライにもならない。死んじゃった人たちに許してもらえないのもわかるし、おれが許すなんて言っても、ミャムは納得しないのもわかってる」

ミャムは急に下を向いて、ゴシゴシと目をこする。
何か小さく言ったが、エヴァンには聞き取れなかった。

「ありがと、ミャム。ウルクも」
「ううん、聞いてくれてありがとう、エヴァン。あたし、思い出すのが怖かったし、思い出した時には寂しかったし。エヴァンに話せて、なんだか軽くなったような気がするよ。えへへ」

「おれって、ホントに何も知らなくて、何もできないんだな…。誰かの為に何かをしたいなんて、甘いよな。おれに…何ができるんだろう…」
「…ふふ。そんなことないよ。エヴァンは何かをできると思うよ」

いつものように明るく笑うミャムの背を、ウルクが軽く励ますように叩く。
少し救われたような気になったのはエヴァンの方かもしれない。



エヴァンは宿舎の、自分の部屋に戻ってみたが、そこに休んでいたはずのルティナがいない。
上の部屋へ行ってみると、ティトが一人で外を眺めてる。

「あれ?ルティナ、戻ってないか?」
「うん。ぼくは見てないよ」
「そうか…。なぁティト、部屋の中ばかりじゃなくて、外に出てみろよ」
「外に?」
「ああ、トモダチができるかもしれないぜ」
「…ぼくにともだちなんて、できないよ」
「でも、…ジェイドとはちゃんと話せるだろ?同じじゃないか?」
「ジェイドはぼくを拾ってくれた人で…だから…」

拾うという言葉が妙にエヴァンの耳に引っかかった。

「なあ、ティト。その、ジェイドに拾われたって時の話、聞かせてくれないか?」
「え…」
「言いたくなかったらいいけど」

「…あの日…のこと」

ティトは胸に手を当てて少し考えて、頷いて答える。

「ぼくの村は、ノーチスに近い盗賊の隠れ里で、本当ならアルカダの国に捕まりそうな悪人もいたんだけど、いつもノーチスの村を荒らして…義賊気取りだったから、見逃してもらえてるようなところだったんだ」

そういうことだったのか、と、エヴァンはティトが盗賊の技を使える理由を初めて知る。

「あの日…、村の外で遊んでたんだ。ぼくにはともだちがいなくて、いつも一人で遊んでて。 村の中にいても避けられてたから」

「そしたら、遠くから何かが燃える匂いがして、悲鳴が聞こえて。村が襲われてることがすぐにわかったから戻ろうとしたんだけど、ゆっくりじゃないと足が動かなくて。戻ってもどうすればいいのかわからなくて。村に戻ったときは、もう何もかもがめちゃくちゃに壊れてて、あちこちから火が…家が燃える匂いと生き物が燃える匂いがいっぱいだった。生きてる人には誰も会わなくて、避難したのか、それとも、どこかに連れて行かれたのか、全然わからなかった」

「瓦礫の中を歩いて、自分の家を捜そうとしたんだけど、どこにあったのかもわからなくって、それでもそれらしい場所に行ったら…父さんが、いて。瓦礫に埋まってて、血だらけで、ぼくに言ったんだ。
"ノーチスが攻めてきたときに、おまえ一人が助かるなんて、この村も皮肉だ。誰にも守られてないおまえが生き残ったのは、母親のせいか?"って」

「母さんは…ノーチス人で、戦争で捕虜になって、その後売られてた奴隷だったんだ」

アルカダの盗賊と、ノーチスの奴隷の間に生まれたティト…。
友達がいないというのと、人を信じられないという理由が一度に理解できる。
生き残った理由までノーチス人との混血のせいにされて、どれほど寂しい、悔しい思いをしたんだろう…。

「"こんなことを言われて悔しいか?ならば変えてみろ。変えられるものなら。こんなことが起こるのは世の中全部がそうだからだ。世の中が変わらない限り、何度でもこんなことが起こる"そう言って、血を吐いて、父さんは死んだんだ」

「不思議だった。涙が全然出なくて。村を焼く炎がだんだん消えても、瓦礫がずっと熱いままで、人の血と炎の赤い色と、焼ける黒い色がいっぱいで、何もできなかった。ぼくも、ここで死ぬんだって思ったんだ」

「そこに、ジェイドが来たんだ。助けに来る人なんか誰もいないはずだったのに。
犯罪者ばかりの村だから、助ける意味なんて無いのに、なのに…ジェイドは助けに来てくれたんだ。
もっと早くに来ればよかった、間に合わなくて済まなかった。何度もぼくにそう言って。
それからは、ぼくはジェイドといっしょにいるようになったんだ」

ティトは小さく笑う。
それからいつもの困ったような表情になって。

「ごめんね、エヴァン」
「なんで…ティトが謝るんだよ…」
「ぼくは、本当は誰かに話してしまいたかったんだ。今まで誰にも言えなかったから。ずっと忘れたふりをしてて、思い出さないようにしてた…」

「父さんが最期に言った言葉、やっと意味がわかったんだ。エヴァンに話せたからだよ」

「ジェイドにもちゃんと言うね」

普段はあまり見せない、強い決意を秘めた笑みを見せてくれるティト。
おれは聞いただけで、何もしていない。
エヴァンはそう言おうとして、言えなかった。

「ぼくには何もできないかもしれないけど…」
「…それでもやれることはあるかもしれない…か?」
言葉を先取りして言うと、ティトは不思議そうな顔をする。
「おれが言いたかったんだ」

ティトは嬉しそうに笑ってくれる。



side E

おれに、何ができるんだろう?

ルティナがいない。
宿舎のどの部屋にもいない。
村の中にもいない。
広場にもいない。
みんなも少し気になってる様子だったが、おれが探すと言って留めた。

すっかり陽が傾いて、オレンジ色に染まった空。
泉の色は深い青。
昨夜とは違う。

おれに、何ができる?

平和ってなんだ?
クァン・リーが望んだことは間違いじゃない。
クァン・リーを望まなかったのはおれ。

でも、おれに何ができる?




next?

2002.11.25






明日咲く花 side L