今さらだよな。
おれは何も知らなかった。
知ろうとも思わなかった。
戦争のこと。


Do anything?


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エヴァンが食堂の扉を開いたのは、普段より少し遅い時間になっていた。いつも早めのウルクやミャムはすっかり朝食を終えている。
「おはよー、エヴァン!さっき地導師のおばちゃんが来てね、今日はオヤスミにして欲しいって言ってたよー」
「え?なんで?」
「さぁ、わかんないけど。ひょっとしたらエヴァンも調子悪いかもしれないとか言ってたけど、ホント?大丈夫?」
ミャムの目が心配そうにエヴァンを覗き込む。
「…ああ、わかった!そっか。おばちゃんたちも昨日のアレに気付いてたのか」
「ん?なぁに?」
「ちょっと精霊たちが騒がしかったのさ。おれは平気」

地導師のおばちゃんも気付いてたのか。昨夜の月蝕。
エヴァンは自分の精霊を感じる感覚に、妙に納得する。

適当に食事を終えると、いつも通りのミーティング。
「サポートの地導師がいないんじゃあ、今日は探索に行けないか…」
「そうね。じゃ一日自由行動ってコトで」
「ちょっと待ってくれ。…ジェイドとカーマインとブランドル。少しだけ、話してもいいか?他のみんなは、席を外してほしい」
「いいけど…何よ、あらたまってさ」
カーマインがぽつりと文句を言う。
追い出された者、残された者が互いの顔を見合わせながら、ぱらぱらと動いて。

食堂には4人だけ。
カーマインがきつい口調でエヴァンに問う。
「ねえ、ルティナは?あの子、朝だけは絶対みんなの前に顔出すのに今日はどうしたのよ?」
いきなりの先制に詰まってしまう。
「あれから気付いたのか?」
「…いや。えっと、昨日いろいろあってさ」
ジェイドの問いにも適当に言葉を濁す。


昨夜。
錯乱した様子で、気を失ったルティナを抱いて、エヴァンは自分の部屋へ戻った。
それから同室のジェイドを起こして、とりあえず上の部屋へ移動してもらったのだ。
ルティナが気付いた時に、他に誰もいないほうがいいと思ったから。
誰かに話せることなら、とっくに話していただろう。
それができなくて。
できなかったから。

結局ルティナは一度も目を覚まさなかったが。


「で?なんだよ?話ってのは?」
ブランドルが尊大に椅子に腰掛けながら言い出す。
「聞きたいんだ。戦争の時の話」
「はぁ!?今さらかよ?」
「悪いな。イナカモンなんで、わかんねえんだよ…」
「わからないって、アンタねぇ…。じゃあ、学校で習ったことでも言ってみなさいよ」
「ええとー、土地に恵まれてないトコに住んでるノーチス人だったけど、エンシャント・ギアが出てきてから、それ使って兵器作って、アルカダとハズマの領土取ろうとしたのが戦争のはじまりだったっけ?」
適当なことを言うと、たちまちジェイドとカーマインの顔色が曇る。
「ノーチスでの歴史認識というものはその程度なのか!?」
「そんなわけないわよ!アンタ全然勉強してないの?…もっと細かく教わったでしょ!?精霊暴走の話とかいろいろ!」
いきなり責められるエヴァンの様子をブランドルが笑い飛ばす。
「オレのレキシニンシキもそんなもんだけどな!ま、戦争なんてのが始まる理由はくだらねぇんだよ!」
ブランドルの笑みが屈折したものに変わる。
「で?オレたちの何の話を聞きたいって?どんな卑怯な手段で、アルカダのヤツラを殺したかってか?」
「ブランドル…」
「ダチが100人死んで、100回悲しむのか?そんな余裕がどこにあるんだ?あの戦場で。同じだけじゃねえな、それ以上に殺してるんだよ、オレもな」
言いながら、最後には笑みも消えて、ぷいと横を向く。
視線の先にはジェイド。同じような苦い表情で。
「前線の兵士はアルカダも同じだ。安全な場所で戦う理由を述べる者は、先頭で戦ったことが無い連中ばかりだ。嫌悪に値するが、そやつらを守らなければ国も存在できないのだ」
コツコツと、カーマインが指でテーブルを突付く。
「ねえ、エヴァンくん?個々の戦争の話を聞いてどうするの?」
「…何も知らないでは、済まないだろ?」
「はっきり言えば?知りたいのはルティナのことでしょ?アルカダの特殊部隊の」
見事に言い当てられる。
「何でわかるんだ?」
「あの子が今ここにいないからよ。これもあんまり言いたくない話になりそうだけど…」

重い沈黙を破ったのはブランドル。
「オレたちにとっちゃあ、死神みたいなモンだったぜ」
「戦ったこと、あるのか?」
ブランドルとカーマインが顔を見合わせて、小さくため息をつく。
「どの話にしようか、迷っちゃうくらい、ね」


「2年位前かな。私がいた部隊は前線にいたわけじゃなかったわ。後方からの補給物資を運んでたの。食料と、武器と、兵士と、あと途中で拾った民間人を保護してね。国境に近いアルカダの放棄された村を見つけて、一日だけのキャンプを貼って、翌朝には民間人は本国へ送ることになってた。そんな夜に襲撃を受けたの」

「初めからワナが仕掛けられてたのかもしれなかったわ。こちらに地の利は無かったし、相手の手際が良すぎたし。暗闇の中から次々と矢を射掛けられて、火を放たれて、こちらが体勢を整える前に、上の指揮官から殺られて、あっという間にボロボロ」

「こちらの手勢は全員で200人くらいだったかな。相手は20人程度。でも、翌朝に生き残ってたのは30人もいなかった。食料は焼かれて、武器は壊されて、民間人もみんな殺されてた」

呼びたくなかった記憶をたどって。
忘れられない光景、消せない記憶と感情が言葉と共に甦る。

「小さな子供まで殺されてた。朝になって、かろうじて生き残った母親が、死んだ子供を抱いて狂ったように泣き叫ぶ…なんてどんなものかわかる?」

言い放って、カーマインは少し後悔する。最後の言葉はエヴァンを傷つけようとして言ってしまった。
エヴァンは、じっと聞いている。
話だけじゃなくて感情もすべて逃さないような、そんな話の聞き方に、心の奥底の秘密まで覘かれたような気がして、カーマインは焦りを感じてしまった。
つい、と視線だけで次の話題をブランドルへ振る。

「オレは戦場で3人の特殊部隊のヤツをとっ捕まえたことがある。捕虜にして、後で尋問するはずだったんだが…」
「逃げられちゃったの?」
あまりに重い口調なので、カーマインが茶々を入れる。
「違う。怪我してたしな。逃げられるような状態じゃなかった」

「後ろがガタガタしてきたんで、様子を見に行くと別のヤツラが来やがった。あっという間に重機を壊していきやがる。あんまりやられっぱなしなワケにはいかねぇから、相手してたら何人かが捕虜の所へ行ってよ…助けに行ったのかと思ったら、そいつらの手首だけを切り取って、とどめさして逃げやがったんだ」

「仲間の命よりも、情報が漏らさねぇことの方が重要だったってワケさ。さすがって言やいいのか?甘いって言われてもいいぜ、オレには真似できねぇな!」

腹立たしげにテーブルを叩く。
いつも真っ直ぐで、戦友を大切にしていたブランドルには許せない行動だった。

「他にも見たぜ。あいつら、戦闘のどさくさにまぎれて同胞を殺していきやがる。そりゃあそういう事情なんだろうさ。アルカダの国の事情ってのがさ。味方の中に邪魔者だって混じってるんだろう。だからって、戦場で私刑は無いだろう?」

強い口調はそのままこの場にいる唯一のアルカダ人、ジェイドに向けられる。

「…それは貴族同士の対立だ。わが国の古い貴族の間にはいまだに血の制裁というものがある。殺されたら殺しかえすというものだ。それを…自らの手を汚さず、他人の手、すなわち所持している特殊部隊があれば、それらにやらせるのだ。ブランドルが見たのはそれだろう。恥ずべきことだが、それも実情なのだ」

隠しておいても仕方が無い。
深い機密には触れないように気遣いながら、ジェイドにしてはわかりやすい言葉を選んで話し始める。

「貴族が所持する私軍、特殊部隊は命じられれば何でもする。そんな風になっている。あまりに非道な振舞いに王族に属する騎士団とは何度も衝突していた。だが、正面から戦う我々の戦法では勝てないことも判りきっていた。ノーチス軍は大量に人を虐殺できる兵器を持っていたからな」

いつものイヤミな口調ではなく。
真実なので余計に重い。

「アルカダには身分の与えられない…下層の者も多い。そういう者たちは自らが生きるために自分の意思を殺し、高位の者に命令されて生きている。いわば道具のようなものだ。特殊部隊もその一部で、高位の貴族が持っている便利な道具として、戦争や欲望を満たす為に使われたのだ」

「一度、戦場でルティナと話したこともある。私から見ても、あまりに非道な振舞いだった。彼女の行動はアルカダの名誉を傷つけるとそう言ったのだが、彼女は…。自分はただの剣なのだと言った。それを使う者によって行いも決められてしまうと」

「騎士である私は、アルカダの国も名誉も守りたかった。…本気で憤ったのだ。同胞を殺したり、無抵抗の者を殺すことは、アルカダの名誉を傷つけると。だが彼女らには…、名誉と国とどちらが大切なのか?騎士のプライドと履き違えるな、と。話は平行線だった」

意外な対立。
どちらも自分の国を想っての行動なのに、考え方は水と油ほどに違う。
長く話して、ジェイドもため息をひとつ。

「結局、我々もノーチスと同じだ。都合よく特殊部隊を使って、戦を止めることなどできなかったのだからな」

「停戦になる前は、ほんのちょっとノーチス軍が有利だったのよ。あのクロイツ中佐がね…」
「すざまじかったぜぇ、あの人の指揮は。戦況がたちまちひっくり返るんだ。あの人も死神みたいなモンだったな」
「そうだ。アルカダが押され気味だったところに、突然停戦の申し入れがあったのだ。精霊暴走を止める方法が見つかったという理由で。最初はアルカダでも誰も信じなかった。だが、本当に土の精霊暴走が止まったという連絡を受けて…。あとは知ったとおりだろう」
エヴァンが頷いて答える。
「クロイツ中佐の本当の目的は別のことだったけど、この戦乱を止めたのは評価されるでしょうね」
「精霊暴走を止める計画を練ったこともな」
息の合ったカーマインとブランドルの口調はクロイツを誉めているのか貶しているのかわからない。
それでも、エヴァンにとってクァン・リーに関係する話となれば、無視できるものにはならない。
「本当の目的…か。クァン・リーも、平和を願ってたんだよな…」

「ヤなもんよ、戦争なんて。あの地獄じゃ人は人ではいられないの」
「殺さなければ殺される。正義などという理由は無い」
「そうだな…。オレたちが生き残ってるってことは、あそこじゃ鬼だったんだな」

互いに命懸けで戦った三人は、似た見解を持っている。
おそらく、前線の兵士たちはみな同じなのだろう。
ルティナは…どうなのだろう?

「…なあ、今ではどう思ってるんだ?ルティナのこと」
「味方でよかったぜーって程度」
「あんなに世間知らずでよく特殊部隊の隊長が務まったというか…世間知らずだからできたことなのよね、きっと」
ブランドルとカーマインの表情から重いものが消えて、さらりと答えられる。
話は終わり!とばかりに立ち上がって部屋を出て行く。
「オレたちも以前にやったことを突かれると痛いが…アイツはもっと痛いだろうよ」
「てことで。なんとかしてよね、エヴァンくん!」
カーマインは最後に笑顔を見せて、手を振って扉の向こうに去ってゆく。

「ジェイドは…おれたちのこと、どう思ってる?」
「私が今ここにいる意味を考えてみろ。そんなに難しいことだと思わないが?それから。多くは語れないが、最近はアルカダも事情が変わってきている。少しでも良い国にする為に」
「うん…ありがとう」
ジェイドも席を立つ。
「ルティナはここにきて随分と変わった。ルティナのような者が変わってゆくことこそが、アルカダの国の平穏につながる…。ティトも同じだが、人の思いを変えてゆくのは難しいな」



side L

長く眠ったはずなのに、身体は気だるい。
腕に不器用に巻かれた包帯。
最悪な夢をみたことを思い出す。
以前から何度も見続けてきた夢。
それでも、あんなに乱れたのは初めてだった。
誰かに見られたのも。
起き上がり、ベッドの脇に立って、着ている服がエヴァンのものだと気付く。
そうか、私の服は濡れたんだっけ。
私の服はこの部屋の中のどこにもない。
バスルームに続くドアを開けると、乾いた風が吹き抜ける。
宿舎の外側に付いた窓が大きく開けられていて、明るい日差しと風が私の部屋着をくるくると回している。
エヴァンみたいな風。
奇妙に懐かしいと感じる生活感に一瞬安堵するが、頭を振ってその思いを打ち消す。
私の罪深さを知られてしまった。
隠れてしまいたい、逃げ出してしまいたい。
急いで服を着替えて、どこかへ、とりあえずこの部屋を出ようと決めて。
部屋の内側のドアノブに小さな袋が引っかかっている。
取り出すと、傷薬の小瓶と短いメモ。
「ちゃんと治療できなかったから、手の傷に塗っておけ」
このまま置いていこうかとも考えたが、ここではなく他の場所に捨てることを思いついて、ポケットに入れる。
部屋を出て。
自分の部屋に戻る気にはならなかった。
外へ?
装備室にいつもの管理人がいない。
外へ。
どこへ?
誰もいないところ。
誰にも会わないところ…。




Side E