Side L





ノドガ カワク…


幾らも眠らないうちに、悪夢で目覚めてしまった。
人の気配が怖くて、外に出る。
生暖かい空気。
まとわりつくようなぬるい風。
逃げるように村はずれの泉へたどり着く。


ミズガ ホシイ…


ざぶざぶと浅瀬に入り、泉の水を手ですくおうとして。
視界に赤い色がひろがる。


コレハ、ミズ ジャナイ…


鮮血の色。
血の泉。
手の間から、赤いものが流れ落ちる。
違う。


アカイノハ ワタシノ 手


血に染まった手。
赤い泉で何度も洗う。
赤い色が薄まるどころか、もっともっと赤くなる。
底の小石を掴んで、何度もこすりつけて、新しい傷から血が流れる。
いつのまにか泉の中に座り込んでしまった。
跳ねる水滴がくちびるに触れて、のどの乾きが激しく甦る。
ふたたび赤い水をすくって口に含むと、血の味が滲んで吐き出してしまう。
手ですくえないので、今度は頭ごと泉に突っ伏して、飲む。


ドウシテ カワクノ?


飲んでも飲んでも、渇きは癒えない。
いつの間にか涙が頬をつたって、くちびるに触れる。
舌に、血の味に似たものがひろがる。


「…ルティナ?」


驚いた声、驚いた表情で、迷い無く私に近づく。
赤い水がエヴァンを足元から汚してゆく。


「寄るな…近寄らないで」


少しずつ後ずさって。
少しずつ泉は深くなって。
私なんかこのまま沈んでなくなってしまえばいい。


「待て!いったいどうして…」


エヴァンが私の手を掴む。
赤く血に染まった手を。
暖かい手が、私に触れて汚れてしまう。


タスケ……タスケテ…


「のどが…渇くの……どんなに飲んでも…乾いて乾いて…水は私に…届かない」


訴えると、優しく抱き寄せて、口付けてくれる。
舌が絡まり、唾液が落ちてくる。
こくり、と、のどを鳴らしてそれを飲むと、ほんの少し、渇きが癒える。
私が求めると、もう一口、くれる。
また、ほんの少しだけ、渇きが癒える。


「いま、渇きが癒えても、またのどが渇いたら、どうすればいい?」
「また口付けてやる」


赤い涙が赤い泉に落ちる。
エヴァンの手が涙を拭ってくれるが、次々と溢れてその行為を無駄にする。


「この手はどうすればいい?返り血に染まった赤い色はどうすればいい?」
「そんなもの…見なくていい。おれのことだけ、見ればいい」


私を抱くエヴァンの力が強くなる。
強く口付けられる。
私はどんどん力が抜けて、後ろに倒れこむように沈む。


ふたり、つめたい泉に落ちてゆく。


アブクガ アカク カガヤク

ミナモガ アカク カガヤク

クロイ ヨゾラ

アカイ ツキ




次に目覚めることがあるのなら、もう赤い色は見たくない…。


2002.10.29






Side E