間違うこと






「…お前、またさっきと同じところ間違えてる」

 算数の問題集を5ページほど解き終えて、回答ページを捲ろうとする手が止まる。件の台詞は僕に言われたことじゃなくて、廊下寄りの机で自習をしている一人がもう一人に言ったもの。

「え?うそ」
「三段目、×と−の順番が違う。同じ間違いが3度目だ」
「…ごめんなさい」

 言われた三谷はノートを見つめて考え込んで、言った芦川は窓際に座ってる僕にまで聞こえるため息をついた。
 芦川と同じ中学を受験することを決めた三谷は、塾だけじゃなく学校の勉強も全科目レベルアップしなくちゃいけない。かなり一生懸命やってる雰囲気なんだけど。芦川の教え方が悪いわけでもないけれど。




「ちょっといいかな」

 塾の授業が終わって、何人かが先生に質問しに行ったりする間、三谷と連れ立って帰ろうとする芦川を捕まえた。三谷は「待ってようか?」って言ったけど、芦川が何か言う前に「長くなるかもしれないから先に帰って」と僕が言う。
 当然、芦川が渋い顔をするけど、三谷の家は帰宅時間に厳しいからしぶしぶ鞄を引っ掛けて教室を出て行った。

「なんでこんな簡単な問題を間違えるんだって思いながら、教えてるだろ」
「…夕方の算数のことか」

 芦川は伸びた前髪を軽く掻きあげる。覗いた顔を見て、ちょっと安心した。
 三谷が何度も間違えることを、芦川なりに悩んではいるんだ。

「芦川はさ、最初から最後まで間違えない。正しいルートしか見えないから、間違える感覚がわからないんだろ」
「視野が狭いって聞こえるけど」
「そうとも言うね。三谷が間違えるんなら、その個所じゃなくて、一つ前の原因から想像しなくちゃ」
「アイツの間違う原因なんか…わかるもんか」
「へぇ。じゃあ僕が教えちゃっていい?」

 軽く挑発。
 返ってきたのは無言。僕の勝ち。乗らないときは勝手にしろとか言うからね。

「あとさ、三谷ができないときにため息つくのやめなよ」
「クセだよ」
「だから直せって言ってるの。小さなことでもネガティブ押し付けんの止めた方がいい。幸せも逃げるし」
「何だよそれ」

 珍しく、芦川がくくっと笑った。そして、暗い窓の外に視線を向けて、ひとりごちるように呟く。

「俺の方が間違えてたんだ。いつでも、俺は正しくなんかない」

 それは現状のことを言ってる?
 別のこと?
 聞きたいことは、今は飲み込んでおこう。



 塾で月に一度行われる実力テスト。
 三谷の順位と平均点がクラスの中でごぼう抜きして、上位に食い込んだ。
 僕は、三谷の為に喜んで、芦川の為にホッとした。





おわり。










宮原くんは世話焼きですねぇ!
3人で一緒の中学に行けたらいいね。正確にはわたるとみつるが。笑

2007.02.27


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