ロカ
「宮原さんとこのご主人、入院でもしちゃったのかねぇ」
店の端っこで晩飯を食べて、ついでに店の洗い物もやっつけてると、お袋が世話話ついでに聞いてきた。
「なんで?」
「なんでって、アンタ祐太郎くんから何か聞いてない?」
知らないって答えながら考える。学校が違うから日々のことはよくわからないけど、もし親が病気って話になってたら三谷が見舞いに誘ってくるはずだ。
「あ、そうだ。三谷にCD返してくるからついでに様子見てくる」
夜8時、宮原の家の前を通る。明かりが無くて真っ暗だった。珍しい、誰もいないなんて。
もしかして一家で夜逃げ!?なんてドラマみたいな展開を考えながら三谷のマンションへ向かう。
チャイムを押して、三谷と玄関先のポーチでCDを返して世話話。宮原は普通に学校に行ってて、今日も夕方までは一緒に図書室で自習していたという。
そこらで芦川とのノロケ話に転がってゆき…。
30分程経ってから、再び宮原の家の前を通りかかる。今度は玄関と、家の中に小さな明かりが見える。
誰かが帰ってきてるんだったらいいや、って思いつつ、ふと呼び鈴を押してみた。急いだ様子で家の中を移動して、玄関の引き戸を開けたのは宮原だった。
「や。さっきどっか行ってた?」
適当な挨拶をするオレに、宮原はなんとも言い難い表情を作る。
嬉しいような、ガッカリしたような。
「うん、さっき帰ったトコ。何で知ってるの?」
「三谷んちに行った帰りで、ここ通るの2回目だから。ええと、おまえんちの小父さん、どうかした?病気とかしてねぇ?」
「何で?」
「うちのお袋さが、スタンドに小父さんと小母さんの姿が見えねぇって気にしててそれで」
「店、覗いてくれたんだ」
家の中が気になる。いつもなら、弟妹が覗きに来たり、小母さんが声をかけたりするのに。
宮原はちょっと迷って「入って」って家の中へ。
ついていくと家の中はしん、と静まり返っている。明かりも、奥のひと部屋しか点いていない。
「コーヒー、紅茶、コーラ、どれ?」
「えっとぉ、コーーーヒー」
リビングの広いテーブルには文庫本が一冊、と音楽プレイヤー。他は、食事した跡も無い。
テレビもついてない。静けさが迫ってくる。
「ホントに宮原ひとり?」
「うん」
「小父さんたちは?」
湯気の立つマグカップをテーブルの端に二つ置いて、宮原はうーん、と考える。
「何考えてんのさ?」
「小村の小母さんにどう説明したら簡単かなって」
普通の説明じゃダメなんだろうか。少し待つと、宮原はスラスラと説明を始めた。
「宮原の祖父が具合悪くて、3日前から栃木の本家に行ってるんだ。持ち直しそうって連絡があったから、母さんは明日か明後日には帰ってくるかもしれない。弟妹の学校もあるしね」
どこかのアナウンサーみたいな、適度に感情の混じった喋り方。過不足の無い真実。
でもそれじゃ、さっき玄関で見せた表情は?
「お祖父さん、危なかったの?」
「うん、まあ」
「なんでお前は留守番してんの?」
「学校あるし」
「弟妹は行ってんだろ?」
「小学生と中学は違うよ」
「って、この間試験終わったトコじゃん。いつも見舞いとかきっちりしてんのに、親戚なのに?」
珍しいほど消極的で、いつも、っぽくない。
「でも、俺、本当は宮原の人間じゃないから」
「あ、」
しまった。迂闊だった。言わせてしまった。きっと一番触れられたくない部分だ。
けど、普段、家の中で疎外されてるようなイメージは無いのに。
「それでも、家族で行ってるんだから、見舞いくらい」
「何も死に際に、祖父の一番嫌いな子供の顔を見せなくてもいいだろ」
そう言って、顔を背けた。
初めて…、そうだ、初めて見た。
悔しくて悲しんで、憎しみに自己嫌悪してる。ずっと隠してた感情。
ハッと視線を上げて、笑顔で取り繕う。
「祖父は悪くないよ。わかってることなんだ。不協和音なんだ、近づくだけでダメなんだ、俺は」
「お前が悪いわけでもないだろ。誰にもソリの合わないヤツっているじゃんか」
「そうだね」
適当な相槌。
いや、あれ?宮原のことを嫌いなヤツって誰かいたっけ?
いつも笑ってて、面倒見がよくて、みんなが頼りにしてて、何でもできて、努力だってしてる。
なのに、どんなに頑張ってもダメなんて、宮原にとっては、全否定じゃないか。
「ごめん、適当なこと言った」
「なんで?小村は謝ることなんて言ってないよ」
いつも通りに笑ってるけど、諦めて疲れちゃってんだな、宮原は。
手を伸ばして、宮原の頭のてっぺんからよしよしって撫でてやった。
子供みたいに、おとなしい。
「淋しかったんだよな」
家族のいない、暗くて広い家にひとりでいて、ずっと。
「そんなんじゃないよ」
宮原は笑みを貼り付けたままで、視線が絡んだ直後、水滴が笑顔の頬を滑り落ちた。
「あれ?…どうして、」
次々と雨が降るように、涙が落ちてゆく。
見ないほうがいいのかと思いつつ、オレが意外だっただけじゃなく、宮原も驚いてて、目が離せない。
「ひょっとして、泣いたのって久しぶりだった?」
「6歳の…ときか…」
しゃくりあげそうになってて、6歳の子供を泣かしてしまったみたいで、すごい罪悪感が駆け抜けて、慌てて宮原の髪を梳いた手で胸に抱きしめた。
胸元に熱い涙と吐息がかかって、時折震える肩も抱いてやる。
こんなに崩れてしまうほど頑張ることしかできなかった宮原が可哀想で、愛しくて、守ってやりたいと思う。
やがて呼吸が深くなり、肩の強張りも消えた。でも、オレは腕を緩めなかった。
「小村…? もう、平気だから」
身じろぎして離れようとするのを、余計に力を入れて押さえ込む。
「平気じゃないときは溜め込むなよ。オレが宮原を泣かせてやるからさ」
「も、絶対泣くかよぉ!」
宮原が腕をぐいぐい動かして、力ずくで逃げた。
涙の跡はあったけど、いつも通り、いや、もっと透明できれいな笑顔がそこにあった。
翌日、宮原の家がやってるガソリンスタンドに、小父さんと小母さんがそろってた、ってお袋が世話話してくれた。
おわり
カッちゃんは宮原をきれいにする濾過装置です。
カツミヤえちゃの産物!こんなんでどうでしょう?
「宮原と義父方の祖父と仲悪い」というのは、
オフ個人本「travelogue」で書いちゃいました。
2007.01.31
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