祈り





「こんにちはー、みやはらくんっ!」
「こんにちは、アヤちゃん。芦川もメリクリ!」

 美鶴は返事をしなかった。日曜日の朝から知った顔に会うとは思っていなかった。まだ宮原だっただけマシだ。
 街はどこもかしこもクリスマス一色。テレビもラジオもあらゆるメディアも。
 明るいイベントに慣れていない美鶴にはかなり苦痛で、それでもアヤのためにテンション高めに保ってはいたけれど。
 美鶴はプレゼントを用意できていない。誰かの為に何かを贈る、そんなこともできない心の貧しさを忘れたくて、散歩に出てみたのだけれど。

「アヤちゃんたちはどこかに行くの?」
「お散歩なの。みやはらくんは?お買い物?」
「うん。教会でバザーやってるんだよ」
「バザー?」
「子供にジンジャークッキー振舞ってるから、一緒に食べに行かない?」

 アヤの顔がパッと輝いた。バザーもジンジャークッキーも初めて聞く単語だけれど、とても楽しそうに響いたからだ。
 美鶴は苦笑を溢す。「信者じゃなくてもいいのか?」「オレんち仏教だよ」宮原はいつものニコニコ笑顔で答えた。
 小学校の校区を超えて歩いて、隣の城東第三小に近い大通りの向こう側、小さな教会とその隣の児童公園はきれいなクリスマスの飾りに覆われていた。
 寒空の下、めげずにたくさんの人が集まっている。
 アヤはキラキラ光るオーナメントに惹かれ、手作りらしいマスコット人形の販売スペースに惹かれ、女の子らしく楽しそうに露天をひやかして歩く。
 美鶴はアヤが「欲しい」と言えば何か買ってやろうと後ろをついて歩いたけれど、アヤは店楽しむばかりで何も欲しがりはしないのだ。
 ぐるっと一周した頃に、宮原が迷いながら何かを選んでいるところにきた。

「何、それ」
「クリスマスカード。ここの人のお手製で、かなり凝ってるんだよ」

 アヤが何気なく手にしたカードを開いてみれば、中から紙細工のろうそくが飛び出した。飛び出すカードだ。

「弟と妹に、毎年選んでるんだ。今年はちょっと多めに必要かなぁ」
「おにいちゃん、アヤ、これが欲しい」
「カード、でいいのか?」
「うん」

 宮原が4,5枚カードを買って、美鶴もアヤのために1枚買った。
 ジンジャークッキーは教会で配っているというので、賑やかな公園から教会の中に入る。扉が開きっぱなしなので、暖房なんてあってないようなもの。
 教会の中はジンジャークッキーを持った子供でいっぱいだった。思い思いにかじりながら、一緒にいる友達と喋ったりして。
 美鶴たちが空いた椅子に座って、アヤはペンでさっき買ったカードになにか書いている。と、信者だろうか、灰色の服を着た女性がオルガンを鳴らし始めた。

「お祈りが始まるのかな」
「おい宮原、俺はこういうの、」
「苦手だよなぁ。わかってるけど、時々はいいんじゃない?」
「何が?」
「何かに祈ってみても」
「祈ることなんて、何も無い」
「そうか?」

 子供たちは随分静かになって、空いた席に座ったり、壁際に並んで立ったりして、神妙な面持ちでオルガンと、歌える子供は賛美歌を歌いだす。
 美鶴が正面にかけられた十字架を睨みつけていると、

「おにいちゃん、これ」

 アヤがカードを差し出した。
 受け取って開いてみると、ろうそくがぴょこんと飛び出す。

*** おにいちゃんだいすき ***

 目を丸くした美鶴に満足すると、アヤは他の子供の真似をして、指を組み合わせて瞳を閉じた。
 倣うように、宮原も、何かを祈る。
 もう一度、赤い炎の付いたろうそくのカードを眺めて、美鶴も小さく頭を垂れた。
 歌が終わる。

「芦川、これ」

 宮原が渡して寄越したのは真っ白なクリスマスカード。

「アヤちゃんにお返ししなくちゃいけないだろ」
「わあっ!おにいちゃんもアヤにカードくれる?」
「…ペン、貸して」



 美鶴が何を書いたのか、ここまで読んでくれたあなたにはわかっているはず。





おしまい。






あなたと、あなたのたいせつな世界に感謝。

2006.12.24


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