どこかの誰かに





「宮原、何やってんの?」

 下校途中、通りかかったショッピングセンターの前で見知った顔に驚いた。
 小村の通う公立高校は駅から離れているし、ショッピングセンターだって電車通学の宮原にはあまり必要のないところだ。買い物なら駅前でも十分だし。
 とにかくこんなところに宮原がいる理由はどこにもないはず。

「小村は?今帰り?」

 自転車置き場に愛車を止める。宮原は相変わらずいつもの柔らかな微笑のままで、ゆっくり歩みを進めている。店内ではない目的地へ。

「献血カー?」

 そういえば、ときどきこの店の前に来てたっけ。
 白に緑色のラインの入ったバスが駐車場の一画を占領している。日除けのテントにはピンク色のナース服のお姉さん。
 献血する為にわざわざこんなところまで来たのか。誇らしい気がして、小村はニヤニヤ笑ってしまう。
 受付の手前で宮原は歩みを止めた。小村に問いかけるような視線を投げる。
 小村はどうする?ここで別れる?
 他人事じゃない、自分のこと。急に自信がなくなって小村の頬から笑みが消えた。

「痛くねぇの?」
「ちょっと痛い」
「恐くねぇの?」
「慣れた。3回目だし」
「それってちょっと恐いって意味じゃねぇの?」

 可笑しそうに宮原が笑う。

「止める?」

 決してそれを責めるような口調じゃなくて、試すような感じでもない。ただ訊いてる。

「バッカ。宮原がやるんだったらオレもやる」
「よし、献血仲間ゲット」

 宮原は嬉しそうに小村の腕を捕まえた。
 受付にいる背の低い看護士のお姉さんはニコニコしてふたりを待っていた。話が聞こえてたに違いない。
 宮原がカバンのポケットから小さな赤い手帳を看護士さんに渡す。

「200mlお願いします。コイツ、初めてなんで、優しくしてやってください」
「はぁい。それじゃ問診表書いてくださいね」

 手渡されたボードの項目を、宮原は一瞥しただけでサラサラと埋めてゆく。
 対して最初からつまづく小村。ハガキで何かを通知、とか、どうすればいいのか判らない。横から宮原と看護士が丁寧に説明する。
 看護士と、テントの中から出てきた医師が問診表をチェックすると、「はい、では次検査しますね」と、再び看護士がにっこり笑う。
 小村は別の意味でちょっとビビる。この人に血を抜かれるのか・・・と。宮原はさっさと制服のブレザーを脱いで、カッターシャツの袖のボタンを外している。

「もう抜くの!?」
「検査だって。採血」

 宮原も看護士も慣れた様子。
 差し出される白い腕、肘の内側に突き刺さる針、注射器に溜まる宮原の赤い液体…、見ている小村がドキドキする。

「具合悪くなりませんか?」
「大丈夫です」

 抜かれる注射針、ポトポト検査液の中に落ちていく宮原の血、いろんな色に変化していく。

「貧血も無いですね。隣で問診と血圧測定してください」

 看護士が示した先に、白衣の若い医師が血圧計の束帯をバリバリ剥がしている。
「大丈夫ですか?」看護士が訊いたのは、それをぼんやり目で追う小村にだった。
 消毒液のヒヤリとする感覚も、針がチクリと刺さる感覚も、さっき見た宮原のものの方が可笑しいほどに扇情的で。頭をぶるっと振って余計な思考を追い出してると、看護士の気遣わしい目にぶつかった。

「緊張してますか?」
「あ、いい、いや、ヘイキっす!」
「いい血管してますね。次、血圧行ってください」

 宮原と入れ違いに白衣の医師の前にくると、さすがに緊張して何を喋ったのかわからなくなってくる。看護士に血管を誉められた、と言うと、医師もへらりと表情を崩した。

「それじゃ次が本番、献血お願いします」

 医師が先にバスへ向かった。そのドアの前で宮原が待ってる。袖を捲り上げて見える腕の、薄く浮いた静脈の筋に小村はまたドキっとしてしまう。

「大丈夫か?小村。無理そうだったら止めろよ」
「そんなんじゃないっての。・・・なあ、宮原の血液型って何?」

 話題を逸らしたくてなんとなく訊いた。

「ABだよ」
「ふうん、天才型だなぁ」
「小村は?」
「A型、普通だろ?」
「俺もA型がよかったな」

 ぽつりと呟く宮原に、いつもの笑みが消えて切望するような響きが混じった。

「何で?占いとか本気にしてるワケじゃないよな?本気にしててもABならかっこいいじゃん」

 宮原の目がぱちぱちと数回瞬いた。それからまたにっこり笑む。苦笑が混じってる。
 何か見当違いのことを言ったのか?その疑問を口にする前に、バスの中から医師が呼んだ。「入ってください」
 バスの中に小さなベッドがいくつか。小村の場所からは2つまでしか見えなかった。

「先にキミやっちゃおう。気分が悪くなったらすぐに呼んでください。じゃあ横になってリラックスしてください」

「はい」と返事しながら、こんな雰囲気でリラックスできるわけないじゃんと思う。医師が慣れた様子で上腕をゴムで締めて、イキのいい血管に向かって針をプスリ。見た目は太い針なのに、全然痛くなかった。
「すぐに終わるからね」と言い置いて、医師は奥のベッドにいる宮原の方へ行ってしまう。ボソボソと聞こえる会話は小村と同じようなものだろう。音がこもってはっきり聞こえない。
 医師が小村の隣に立った。バスを降りるのか?と思ったら、

「はい。終わりです」
「え?全然時間経ってないのに!?」
「200ml、もう出ちゃったよ。ほら」

 見せてくれた小さなパックに赤い液体が揺れていた。医師はてきぱきと針を抜いて、丸めた脱脂綿を絆創膏で貼り付けた。

「へえ、全然痛くなかったし、ヘイキだな!」
「って言っても、出血したのと同じだからね。ちゃんと休んでいってください。お疲れ様でした」

 バスを降りると、看護士が「どれがいいですか?」とジュースをすすめてくれた。小箱にお菓子もいっぱい入ってる。
 オレンジジュースを貰って一息で飲み干してると、宮原もバスから降りてきた。お菓子とジュースを貰って小村の隣に座る。

「お疲れ」
「疲れてねぇよ」

 ふたりいっしょにお菓子をぱくついてると、看護士がスーパーの袋を持ってきた。今までで最高のにっこり笑顔でそれをふたりに手渡す。

「また来てくださいね」

 袋の中には、タマゴのパックが入っていた。「店の土産にちょうどいいや!」と小村が爆笑した。

「これもどうぞ」と続きで渡されたのは、ショッピングセンターの中にあるファストフード店のハンバーガー無料券。

「食いに行く?」

 小村が聞くと、宮原はこっくり頷いて、照れくさそうに顔を背けた。

「ここまで来たのは…、小村と会えたら一緒に献血できるかなって思ったからなんだ」





おわり。











同人界に立ちふさがる献血の壁!

問診表に「男性の方:男性と性的接触をもった。(1年以内)」の○×欄があるのだ。
善意のボランディア、不可!?

かなり衝撃。(てか、笑劇)

でもやりたいからやりました。
時間軸ゴチャゴチャです。いっそパラレルだと思ってもいいです。
ええ、宮原の身体は清いというコトにしてください!(爆笑)



血液型も、宮原のコンプレックスだったらいい!という妄想でした。
この場合、義父の血液型がO型なら、ABの子供って遺伝的に無いでしょ。
そゆことに気付かないカッちゃんモエっす!(笑)
そして、どこかの誰かに流れる、宮原の血とカッちゃんの血・・・羨ましいな、どこかの誰か!!!

2006.11.06


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