欠片合わせ
「小村」
ベランダの柵に引っかかって、ぼんやり夕陽を眺めてるその姿に、呼びかける声が小さくなった。
そう、ずっと昔、こんな光景を見たことがある。
尖って痛い、欠片のような記憶。
落ちていく最後の光が、宮原の脳裏に引っかかりそうになって、慌てて振り払う。
「あれ?宮原じゃん!」
視界を転じた小村が身を乗り出してブンブンと手を振る。宮原の動揺には気付かなかったようなので、笑って誤魔化した。自転車を降りて店の脇に停める。
「三谷から預かり物。シャイニング・ガーディアンの小説本」
「早いなぁ。もう帰ってきた」
「ごめん、俺も又貸しで借りて読んじゃった」
「それで宮原が返却に来たのか?…上、あがってこいよ」
宮原は少し迷った。三谷と一緒に小村の部屋へ行ったことはあるけれど、それはもっと昼間に近い時間で、今は居酒屋は既に営業中。小父さんの威勢のいい声と小母さんの笑い声が引き戸の奥から響く。
けれど、ああまた既視感だ。子供のころ、急いで店の奥の階段を駆け上がった気がする。
からら、戸を開けて店の中に顔を覗かせるとすぐに「いらっしゃい」「おかえり!」と小父さん小母さんが迎えてくれる。けど、お客じゃない宮原にすぐに柔らかく態度が変わる。「お、久しぶりだな!宮原くん」「今日は亘ちゃんは一緒じゃないのかい?」
「こんばんは」と宮原が挨拶すると、店の奥の暖簾の隙間から、小村がひょっこり顔を覗かせた。「カルピス!チューハイ抜きで2杯くれ」小母さんがケラケラ笑った。「あと4年したら特濃のチューハイ入れてあげるんだけどねぇ」
ジョッキ入りのジュースを持って2階に上がると、三谷が「懐かしい」と称する小村の部屋だ。部屋の持ち主だけじゃなくて、部屋そのものが主人の存在を主張する。畳の上に直座りすると、ショルダーバックから本屋のカバーのかかった文庫本3冊を取り出した。
「ありがとう、結構面白かった」
「宮原もこういうの読むんだ。意外だなぁ」
「RPG好きだよ?ゲームもやったんだけど、小説に風の国イベントの補完があるって聞いたから」
「良かったっしょ?」
「うん」
小説を本棚に並べながら、小村の手が、つ、と止まった。
「宮原、ロマンシングストーン・サーガ、やったことある?」
それだけの質問に、小村の試すような雰囲気あり、宮原は即答せずに慎重に返す。
「小5の秋頃に出たやつ、だっけ?」
「それ、3な」
「やったこと、あるよ」
そう言ってから、懐かしい部屋に沈黙が訪れた。下の店からは絶えずおしゃべりが聞こえてくる。
それすらも、ゲームの効果音のように。
寂れた港町で、風船に乗った芦川美鶴が超然と笑みを浮かべ、突堤に残された三谷亘が悔しさに胸を押さえる。
幾度もそんな夢を見た、あの頃を思い出す。
ゲーム世界を夢に見ることも、そこに芦川美鶴と三谷亘が登場するのも可笑しなことで、いつか冗談交じりに本人たちに聞かせてやろうと思っていた。
けれど、手に触れられそうなほどの現実感に、どうしても言えなかった。
「オレさぁ、頭悪いから上手く言えないんだけど」
「う、ん」
「ずっと昔、ここでお前にしがみついて泣いた記憶がある」
「小村、」
「無かったよな、そんなこと!三谷も芦川も、失踪なんて…したことないし」
現実には起こらなかったことだ。
けれど、宮原にも、その記憶は夢を掴むような淡さで残っていた。
今、はっきりと指にかかる、記憶の欠片。
「鳥が、飛んでいったんだ。小村が飛ばしたんだ、この部屋から」
小村も言葉を失った。
光の中に消えた三谷を呼び続けて。
白い鳥と黒い鳥を飛ばした小村が、涙でぐちゃぐちゃになりながら、宮原の胸で泣いたのだ。
ミタニが帰って来た、でもまた行ってしまった、すごく遠くに。
あれは、ゲームじゃなかった。
夢じゃなかった。
起こらなかった現実、だった。
「どこに、行ったんだろう。小5の頃の俺たちは」
何事も無かったかのように、過ぎる日々と、互いの友人たち。
いや、違う。
世界は何も変わらなかったけれど、確かに変わったものもあったのだ。
それは何なのかは、小さな欠片だけでは計り知れないものだけれど。
「宮原にもわかんない?」
「一緒に謎解きしてくれよ。小村は探偵メドウズシリーズも全部やってるって聞いたよ」
ちっ、舌打ちする小村に苦笑して、宮原はジョッキ半分ほどのジュースを一息で飲んだ。
小村は本棚からまた別の文庫を4冊ほど抜き出すと、宮原に表紙をちらりと見せた。
青い空、青い海、真っ白な帆船の。
「ロマンシングストーン・サーガの小説本、読む?」
「読む読む。貸して!」
おわり。
カツミヤのフラグ立ててみました。
てか、このまま二人で幻界に行ってもいい展開です。
カルテットで行ってもいい展開です。
・・・
おお!?
続きが思いつかない!(笑)
2006.10.16
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