城東第一小運動会・後





5.



 ドンドンドンドンドンドン!!!

 大太鼓の連打に合わせて、トラックの向こう側から白い団旗を捧げた小村が疾走する。
 午後一発目の応援合戦の最後。
 高鳴る手拍子にも、珍しくキリリとした表情を崩さず、大きな旗が高学年の応援席の前を通過する。

「カッちゃん、これがやりたくて今年応援団になったんだもんね!」

 三谷が誇らしげに小村に拍手を送る。
 バササ、と反対側から赤い旗が目の前を通過して行った。赤組の団旗持ちは宮原だった。
 応援団長は6年生・団旗持ちは5年生、と暗黙の諒解があり、中でも足の速いヤツが選ばれるので、小村が白・宮原が赤と別れていたのは本人たちにも都合がよかっただろう。

 あっという間に低学年側応援席を巡り、本部前で再び赤白の旗が打ち合わされた。

『ありがとうございましたー!』

 両応援団の一礼、グラウンドに拍手が満ちた。

 そのまま午後2番目の競技に突入する。
 太綱がトラックの中央にダラリと横たわる。

『つぎは、おたすけつなひきです。1年生と6年生は準備をしてください』

 入場門からではなく、応援席から直接飛び出してくる1年生。我先にと団旗の側の綱へしがみついていく。
 アヤがどうなっているのか目を凝らす美鶴の前に、6年生集団が整列して邪魔をした。

「…?三谷、6年生は何をするんだ?」
「あ、そっか、芦川は初めてだよね、おたすけつなひき。僕らは3年生と組むんだよ」

 答えになってない答えにイラつきかけたところに、競技開始のピストルがなった。
 途端、走り出す6年生たち。もうもうと砂煙が舞い上がる。

「トラック半周回って、1年生の後ろから6年生が引っ張るの!早い者勝ち!」

 興奮気味の亘の視線の先に、もう白組1年の後ろに6年生が綱を引き始めている。
 赤は?
 綱を引く1年生の一番端にアヤの小さな姿、そのすぐ後ろに赤帽を被った石岡健児たちが殺到した。
 美鶴の胸の中に冷たいものが沁み出す。
 もし、またあいつが暴れたりすれば。妹を傷つけたりしたら。
 身体の大きな石岡が綱を引くと、小さなアヤは綱の上に乗っかるように足が軽く浮いた、ように見えた。
 暫時の攻防戦、パンパン!2度の破裂音で勝利したのは赤組。

 アヤが石岡に何か喋った。
 石岡もアヤに何か喋った。
 すぐ側でひるがえる、赤い団旗。
 石岡は見えない。けれど、アヤは確かに笑顔なのが、遠目に見えた。

「アヤは、俺より強いのかもな」

 美鶴のつぶやきが聞こえ、亘が苦笑で応えた。

「芦川、白組応援しろよ!」

 次は、5年生と3年生のおたすけつなひきが始まる。



仲間の応援もがんばる運動会ですよ。







6.



 得点ボードに、赤白の点数が並ぶ。
 赤730、白700。僅差。
 最後の競技は5年生のスウェーデンリレー。(その後が6年生最後の演技、組立体操になる)
 この勝負で、今年の優勝が決まる。

 整列してトラックの内側に座る。美鶴と亘のチームは2回目のレースで走ることになっている。
 美鶴がアンカーのたすきを短く結んでいると、隣で珍しく渋い表情の宮原に気付いた。

「あれ、宮原、お母さん来てるんじゃない?」

 宮原の視線の先と、亘が指差した先が重なる。赤いベビーカーと小さな男の子を連れた日傘の人がいる。他の同級生の保護者に話しかけられて、にこやかに談笑してる。
 さっきは「来ない」と言っていたのに、応援に来てくれたじゃないか。よかったな、と言いかけて止まる。
 宮原は重たいため息と一緒に、溢した。

「…来なくていいって言ったのに」

 美鶴の心がさっと冷える。
 そうだな、所詮はこいつも幸せなお子様の一員だ。反抗期だか知らないけれど、幸せの上に胡坐をかいて座ってると、失くしたときの後悔なんて考えたりもしないんだ。
 一年生の応援席を見れば、アヤが一生懸命美鶴に声援を送ってくれているのが見える。
 少し離れたバトン受け渡し位置に移動した亘は、保護者席の中に小村の家族と一緒にいる亘の母に手を振ってる。
 美鶴自身も、今は幸せをくれる人がいる。だからその人たちに、心を砕いて幸せを返していきたいと思う。
 だから、宮原の態度は理解不能域に達している。

「位置について、用意、」パァン!

 最初のリレーの組が走り出した。50、100、150、200、4人で距離を繋いでいく。白組の最初のアンカーは小村で、他のチームがバトンリレーで戸惑っているうちに、ひとりでさっさと抜け出してゴールのテープを切った。
 亘は待機位置で跳ね回って喜んでいる。「カッちゃんすごいすごい!」小村の父親も立ち上がってわーわー喚いている。その隣で、亘の母親が拍手を送りながら、ニコニコと亘を見てる。亘に、あなたもがんばって、目がそう言ってる。

「みつる!」

 最後のリレーが始まる。美鶴が亘の呼びかけに応えて立ち上がった。
 小村が1着を取ったことで、得点は白が僅かにリードしただろう。けれど、次を勝たなければ、優勝できない。美鶴の隣には、いつになく真剣な宮原が靴の紐を結びなおしている。
 最初の50メートルを走る女子がスタートラインに並んだ。レースが始まる。
 ただ走るだけなら、美鶴は宮原に勝てる自信がある。それに、みんなが応援してくれている。アヤも。亘は美鶴にバトンを繋いでくれる。

「宮原、お前に俺の前は走らせないから」

 美鶴の自信に、宮原に瞬時にしていつもの笑みが舞い戻った。

「うん。俺も負けられなくなった」

 パン!スタートの合図、一斉に走り出す最初の50メートル。
 1人目の女子が2人目に繋ぐ。美鶴の組のミニバス部の女子だ。アンカーの前を駆け抜けて、3人目の亘にバトンを渡す。
 正直、亘は白組の中では「俊足」のひとくくりには入らない。けれど、バトンの受け渡しが一番上手かったのだ。他人に合わせて、相手を信じることが出来る、あのお人よしの性格が、選手に選ばれた理由。
 他のチームも精鋭を集めているのに、バトンリレーだけで亘は二人を抜いてトップで走り出す。

「アンカー、トラックに出て」

 教師の指示でスタート位置に並ぶ。最内に美鶴、亘がまっすぐ前だけを、美鶴だけを見てバトンを繋ぐ。

 あと、お願い!

 亘の、白組の願いを、受け取って美鶴はゴールテープを目指して走った。
 前を走るものは誰もいない!



勝負!それが運動会ですよ!







7.



 運動場から椅子を教室まで引き上げて、適当に砂埃を拭う。
 いつも男子に掃除しろだのなんだの煩い女子も、椅子を持っての階段上がりは体力を奪うらしく、ぐだぐだのまま荷物を持って下校して行く。男子もしかり。
 一息ついてから、美鶴は隣の教室を覗いた。ほぼ同じような状況で、わざわざ美鶴に声をかけてゆくものはいない。
 戸口に近い席の小村が美鶴に気付いて、パチンと手を合わせて悔しそうに頭を下げた。

「芦川、ゴメン!リレーがんばってくれたのに」

 最後の種目、スウェーデンリレーは2レースとも白が一着だった。白組優勝間違いなしだと誰もが思ったのに。

「小村のせいじゃないだろ」
「けどサァ…」
「応援合戦まで加点されるなんて知らなかったし」

 小村がガックリ肩を落とす。
 そう、応援合戦の得点負けで、赤白同点優勝になったのだ。
 こればっかりはどうしようもない。小村だってすごくがんばっていたのだから。

 ミタニが言ってたんだけどさ、と小村が小声で呟く。

「芦川ってさ、自分に近いヤツのためにしか本気にならないよな」

 基本の性格だ。お人好しの三谷とは正反対の性格。

「なのに、最後のリレーはそうじゃなかったよな。ミタニも喜んでたけど、オレも嬉しかった」
「余計なことしたって後悔してるよ」

 皮肉に一瞬小村がたじろいだ。どんぐり眼がくるっと泳ぐ。
 けれど、美鶴の言動にも随分慣れてきたのか、態勢を立て直して苦笑した。

「あ、ミタニ!」

 開けっ放しのドアから椅子を引きずって亘が教室に戻ってきた。「じゃあね」と手を振ってるのは宮原。

「芦川、来てたんだ!ごめん、話し込んじゃって」
「別にお前を待ってたわけじゃないけど」
「そー? あーあ、これから勉強しろって言われちゃったよ、宮原に」

 机に椅子を入れるついでに、どっかり座って休憩モード。話の流れが読めない美鶴に、小村が丁寧なツッコミを入れる。

「ミタニの小母さん、フクカイチョーに掴まってたもんなぁ」
「去年やったし、今仕事してるから、役員は無理だっていってんのに」
「PTA?」
「そうそう、煩いんだぜ。芦川はオトナから見て優秀なオコサマだから、何にも言われないよ、きっと」
「僕のとこは厳しいなぁ。成績下がったら親のせいにされちゃう」

 変なオトナもいるものだ。子供は親がいなければ育たないというわけではないのに。
 PTAの役員をやれば、親の人格が上がり、子供の人格も上がる、そういいたいのだろうか。

「宮原んトコもツライんじゃね?次、役員あてられるぜ」
「応援来てたもんね。妹、小さいのに大変だよ」
「…なんだアイツ。そういう理由なら言えばいいのに」

 リレーの前についた重いため息の理由、自分のためではなかったのか。
 誤解するじゃないか。いや、誤解させられたのかもしれない。策士め。
 噂の主が、扉からひょっこり頭を覗かせた。

「芦川、荷物出した?教室のカギ、閉めていい?」

 美鶴が自分のカバンを持ち上げて見せると宮原の姿は消えて、廊下にガチャガチャと施錠の音が響いた。
 いつの間にか、自分たち以外は誰もいない教室。

「オレらも帰ろっか」
「うん、カギ閉めよ」

 サッシ窓のカギを閉めて廊下に出ると、宮原がカギをブラブラさせて待っていた。

「運動会、おつかれー」
「おつかれー!」









おまけ。


「応援団のたすきと手袋、返却来週だっけ?」
「明日、晴れたら洗濯すぐに乾くんだけどなぁ」

 小村が、ふと立ち止まって白い手袋をきゅっとはめた。
 何をするのか?と見つめる3人の前にしゃがみこんで、

 パチン。手を合わせる。
 パン! 手を床に付ける。

「一回くらいはやっとかないと♪」

 上機嫌な小村の前に、宮原が仁王立ちになる。白手袋をきゅっとはめて、

 パキッ!指を鳴らした。

「大佐ァ。来年も赤白別だったらいいなぁ!」
「鋼の、次こそ叩き潰してやる」

 きょとんとする美鶴の隣で、亘が必死で笑いをこらえていた。




家に帰るまでが運動会ですよ〜






おわり。






ほぼ、自分ちの運動会がネタです。

5.おたすけつなひき!すっげ面白かったです!
6.高学年のリレーはドキドキするですよ〜。
7.椅子を片付けるのってたまらない辛さじゃないですか?
おまけ.私事ですが、今、鋼の錬金術師のマンガ読んでます。笑

2006.10.23


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