月がとっても青いから
塾の帰り道、夜9時前になると住宅が多いこのあたりは人通りも少なくて、友達はさっさと帰っちゃうのだけど、アヤはこの時間のお散歩が大好きだ。
昼間はまだ汗ばむほどだけど、夕暮れの空は涼しくて淋しくてとてもきれいで、夜空も夏よりも透明で。
でも、今日は星が見えない。それはきっと月明かりのせい。
三橋神社の石段を登って鳥居を抜けると、どこからか歌が聞こえてくる。
♪月がとっても青いから〜 遠廻りしてか〜えろ〜
くるりと見渡す、歌の人よりも先に目に入ったのは、まんまるなお月様。
真っ白な光の輪が夜空いっぱいに広がって、青色の風呂敷でつつんじゃうみたいに、星を独り占めしてるんだ。
♪もう今日かぎり〜 逢えぬとも〜 想い出は捨て〜ずに
がさがさ、並木の奥の雑草が揺れた。
誰だろう。こんなナツメロ歌ってる人。
「あ。アヤちゃんだ」
「あ、祐太郎さんだ!」
わしゃわしゃ、下草を掻き分けて境内に戻ってくる。その手にいっぱいのすすきの穂。
そっか。十五夜だったんだ。
「すすき、取ってたんですか?」
「うん。帰ってきてるときは、この辺走ってるから。アヤちゃん、塾の帰りでしょ?ひとりで帰っちゃダメだって」
「またー?おにいちゃんみたいな過保護!」
「過保護じゃないよ。俺の妹にも同じこと言うよ」
ちょっとショック。すごいショックかも。
祐太郎さんにとって、アヤは妹なんだ。
そうよね、小学生だもんね。おにいちゃんの言いつけを守らない、悪い妹だよね。
「帰ろ。送ってってあげる」
「…はい」
本当は、ひとりで走って帰りたかった。
差し出された祐太郎さんの手が温かくて、どうしようもなくせつなくなった。
コトコト、トコトコ。月影を追いかけるみたいに、足が動く。
半歩後ろにさがって、祐太郎さんの側に寄ると、影がくっついた。
いいなぁ、影。
「さっきの歌、最後はちょっと淋しいんですね」
「ああ、あれね。うん。でも大丈夫。きっとまた逢えるって誓ってるんだよ」
また、逢える、かぁ。
塾の帰り道に祐太郎さんに逢えたりする、そんな偶然、何回も無いよね。
アヤも、また逢いたい、なんて誓えたらいいのに。
マンションが近くに見えて、もっと淋しくなってきた。
あと少し。もう少し。一緒に歩きたいな。
そしたら、わかってくれたみたいに、祐太郎さんの足もゆっくりになった。
「ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「だって、心配してもらっちゃった。いつも偶然、祐太郎さんに逢えて、送ってもらえるわけじゃないのに」
「・・・こっちこそ、ごめん。偶然じゃないよ」
え?
どういう意味ですか?
そう言い出したかったのに、もうマンションのエントランスまで帰ってきてしまった。
すっと、手が離れる。
「じゃあね。おやすみ、アヤちゃん」
「祐太郎さん、あの」
「あ、そうそう。プレゼント!」
反対側の小脇に抱えてたすすきの束を、半分、くれた。
「ベランダに飾ってね。穂の中に、マツムシが入ってるから」
「え!いやっムシはいやです!!」
「あははははっ!ウソだって。…またね」
ひらっと手のひらを振って行ってしまう、その人に、かける言葉がわからなくて、ぼんやりしてしまった。
またね、っていつのことなのかな?
すすきの穂、月にかざしてみたら、わかるのかな?
あの鈴懸の 並木路は
想い出の 小径よ
腕を優しく 組み合って
二人っきりで サ、帰ろう
おしまい。
「今日は6年生の塾の日だったよなぁ。
こんな月の綺麗な夜、あの子きっと神社に寄り道するなぁ」
手をつないで一緒に歩きたかった、宮原。
2006.10.02
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