白い鳥
















たすけて

  いや、いや、ひどい、いたいよ、

    やめて、いたい、どうしてこんなひどいことするの

      いや、だれか、

        だれか、おねがい、

          たすけて、

            おにいちゃん

















 重力がふわりと戻ってきた。
 ミツルの足元に薄い埃が舞い上がる。
 背後に閉じた扉は、今も小さな光の粒を撒き散らして、深夜の暗闇を撥ね返している。



 たすけて



 ボロボロのシートに囲まれた、吹き抜けの下から漂う臭気にミツルは顔をしかめた。
 生臭い。泥と、血と、精液の。
 光はミツルに纏いつき、奈落の底を薄く照らす。



 美しい少女だ。



 さびた手すりに手をかけながら階段を下りる、一歩、一歩。
 着衣は乱され、露出した肌、顔も、おおきくはだけたブラウスから覗く膨らみかけた胸も、
 足の間も、
 泥と、血と、精液にまみれて。
 汚されて。



 たすけて、おにいちゃん



 涙の跡は乾いてしまった。
 もう泣くこともできない、立つことも、すがることも。
 それでも、唯、助けを呼び続ける。



「ごめん。旅人に、時を戻す魔法は許されていない」



 君と、君の兄を、救う力は、僕には無いんだ。
 少女は諦めて目を閉じた。



「けれど、君を守ることはできるよ」



 これから訪れる嵐。
 他人に曝される不幸な現実、哀れみ、同情、それ以上の好奇心という暴力から。



 大いなる冥界の宗主よ、我、盟約に則りここに請い願わん。



 憶えたばかりの呪文を、呟く。
 そよ風、疾風、ミツルと少女の髪が渦に巻かれて舞い上がる。
 ふたりの間、足元に光が生まれ、闇が弾けた。
 黒い翼、尖った鉤爪、金色の瞳。



 無垢なる魂を持つ乙女を、醒めぬ夢へ送り届けよ。



 闇の眷属は、少女に触れそうなほど、顔を近づけた。
 そこにあるものは、すべてを忘れさせる暖かな眠り。



「わたし、死ぬの?」
「死にはしないよ。お兄さんが悲しむだろう?ただ、少し眠るだけだ」



 少し。
 ほんの少し。
 君の悲しみが、この世界から無くなるまで。



 少女の頬を、新しい涙が、ひとしずく落ちた。



 闇の腕が、少女を包む。
 優しく、やさしく。












おわり。












原作、大松香織さんですね。

黒い鳥はともかく、白い鳥が納得できなくて、延々と考えてたら何かがハジケた。
ミツルが大松香織の心を奪った理由。

2006.09.28


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