(farewell 4話の続きです)
(アヤちゃんの宮原呼びが「祐太郎」になってます)









朝ごはん




 目が覚めたら、手の中が寒かった。
 抱いていたものはそこになく、代わりに抱いていた毛布をもそもそと探る。やっぱりいない。
 むくりと起き上がると、遮光カーテンの隙間から眩しい白が覗いている。
 改めて、美鶴はベッドの中にいなかった。
 床に敷かれた客用布団では、宮原が昨日見たままの恰好で熟睡していた。

 あくびをしながら、芦川家のリビングを覗くと、その向こうのキッチンにはアヤちゃんがいた。

「おはよ、早いね」
「おはようございます、ワタルおにいちゃん!」
「美鶴、は?」
「朝風呂なんだって」

 ふぅん、と答えながら、そっとアヤちゃんの様子を伺う。
 何も気付いてないようだった。
 昨夜、悪戯を仕掛けたのは僕だから、今朝は相当の不機嫌を覚悟した方がいいかもしれない。
 アヤちゃんは、冷蔵庫の取っ手に手をかけたまま、考え込んでいる。

「どうしたの?」
「朝ごはんの…」
「朝ごはんの?」
「納豆が3パックしかないんです。ひとつ足りないからどうしようって考えてて」
「あははは。全部ひとつに混ぜちゃおうよ。卵としょうゆとカラシとネギも入れよう」
「…私、カラシよりもダシがいいな」

 勝手知ったる芦川家のキッチン。冷蔵庫から納豆を取り出し、ボウルに移して、パックに残った小粒の豆を菜箸で集める。
 僕の手元から、アヤちゃんの視線が遠くにそれた。

「祐太郎さん、まだ起きないのかなぁ」

 そのひとことに、僕は飛び上がるほど驚いた。
 今、何…て呼んだ?
 美鶴、美鶴は!?聞いてなかったよな?まだ、風呂か?

「ま、まだ、寝てたけど」
「起こしちゃだめかなぁ」

 そうか、アヤちゃんはまだ知らないか。
 朝の男は危険な生物なんだよ。
 てか、それよりも、重大なことが!なんて聞けばいいんだろう…。

「ええと、宮原の、下の名前って、なんだったっけ?」(苦しい)
「えー?祐太郎さんでしょ?ゆ・う・た・ろ・う・さん。・・・・・どうしたのワタルおにいちゃん?」

 酸欠というか、貧血というか、とにかく、視界がクラクラする。
 慌てて、バスルーム方面を見てみたが、美鶴の気配は感じない。ホッとする。

「僕のことは?」
「え…?ワタルおにいちゃん?」
「宮原のことは?」
「祐太郎さん・・・・・・・・・・、あ、ああーそうかー!」

 アヤちゃんは何かを発見したようだ。
 楽しそうに手をパチパチ鳴らしてニコニコ笑う。

「ワタルおにいちゃん、やきもちやきさん!」
「・・・・・それも、あるけど、それだけじゃないんです」
「ん?ええと、それじゃあ、ワタルおにいちゃんは、亘さんです!」

 ぴしっと宣言!どこまでもアヤちゃんは愛らしいです。
 はた、ぱたぱた、
 小さな物音。水音?

「アヤちゃん、ちょっと、納豆混ぜてて」

 ボウルを手渡すと、僕はバスルームに続く脱衣所をこっそり覗いた。
 やっぱりというか…、美鶴がいた。足元に水たまりを作ってる。
 バスタオルを引っ掛けたままで、呆然としてる。

「宮原…許さない」
「ああもう、身体拭きなよ。髪濡れっぱなしだと風邪引くよ?」

 美鶴が動かないので、僕がタオルで水滴をぬぐってやる。

「まあまあ、僕もワタルおにいちゃんから亘さんに昇格したんだし」
「お前は“ついで”だろ?」

 その通りです。
 何とか治めないと。ええと、そうだ。殺し文句!

「美鶴はアヤちゃんのたったひとりのおにいちゃんだろ!」
「アヤを宮原に盗られるくらいなら、いっそ亘とアヤが付き合えばいいんだ!」
「…は?」
「そうすれば、アヤも亘も、ずっと俺の側に…」

 ちょっと涙目で自己陶酔に入っちゃう美鶴。
 なんだかめちゃくちゃなんだけど、「じゃあ、宮原排除」とか「アヤちゃんに他の彼氏紹介」とか絶対言えないし、僕とアヤちゃんが付き合うとか考えたこともないし、宮原なら大丈夫だよ、とか
 絶対言えない。

「なんとか言えよ!」

 言えません!
 ええと、なんとか、なんとか?

「あー、じゃあー、僕はどうせなら美鶴とケッコンして、アヤちゃんを僕の妹にしたいなー。な ん て」
「たったひとりのおにいちゃんの座からも下ろされるのか俺は!」

 どんどん言ってることが支離滅裂になってくるが、美鶴の艶めく涙目を見ていたら、どんなツッコミもかわいそうだ。
 アヤちゃんは、本当に大切な大切な妹だから。
 美鶴の、濡れた髪にキスをして、バスタオルの上からきゅっと抱きしめた。

「アヤちゃんの大切な人はアヤちゃんが決めるよ。美鶴の妹だもん、大丈夫だよ」
「ワタル…、お前は絶対、俺の傍からいなくなるなよ」

 かわいいことを言う。
 そんなこと、できるわけが無いよ。
 湿った身体だけで物足りなくて、やっぱりキスしてしまう。最初から、深く、深く。

「…亘が、納豆食べる前でよかった」
「服着なよ。それから、床も拭くこと。タマゴは?目玉?出汁巻き?オムレツ?」
「出汁巻き!亘はいいお嫁さんになるな」

 キッチンから僕らのかわいい妹の声がする。

「亘さーん!味付け海苔のビンのフタが開かないー!」

 美鶴と僕は、いつまでもアヤちゃんの頼れるおにいちゃんだ。
 後はおにいちゃんを卒業したヤツに任せよう。
 宮原は、といえば、バスタオルぐるぐる巻きの美鶴に、足蹴にされて起こされているのが、チラリと見えた。







おしまい。







ミヤアヤにかこつけて、ワタミツでした。ワタミツです。ワタミツだ!!
宮原が寝てる横でやったんだ、こいつら!(笑)

ちなみに、私は納豆食べられません。どうしても食べられません。食べたら死にます。多分死にます。

2006.09.16


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